盛岡タイムス Web News 2013年  8月  22日 (木)

       

■  〈風の筆〉14 沢村澄子 その日暮らし


 東京の個展にいらしてくださったお客様は、その半数くらいが初対面だったのである。すでにお会いしたことがあるといっても、ごあいさつくらい。今回だってそれに等しい。

  それでも話し込んでいかれる方もぱらぱらあって、そのまま記憶に残ってしまいそうな話もいくつかあった。

  あなたの作品を観ていると、「その日暮らし」という言葉を思い出す、とおっしゃる方があって、その方は確か、教員で作家で絵描きさんだった(そんな感じの自己紹介だった)。

  昔、日本は貧しかったから、食べるものも着るものも「その日暮らし」。皆が戦渦≠必死に生きた。

  「その日暮らし」「その日暮らし」―。祖母がよくそう話していたと、母から伝え聞いていたのを思い出しました、と、画家は語った。

  それでわたしも思い出したのだけれど、大学を出た年の6月、高校時代ずっと登下校を一緒にしていた一番の親友が交通事故で亡くなったのである。なぜか布の一枚もかぶせられず、スッポンポンで手術の痕も生々しく横たわっている脳死の彼女を集中治療室に見つけたとき、「あしたの夕方5時、横断歩道を渡っていて車にひかれる、なんてことが分かっている人はいない、今に生きるしかないんだ」と、わたしは思った。

  その思いに拍車をかけたのが2011年のあの地震で、この時も、これが最後の昼食だとは知らず、サンドイッチや愛妻弁当や学校給食や台所の朝の残り物をおいしく平らげて、波にのまれていった人が2万人もいただろう。

  あしたの命が保障されていないとは万人に言えることのはずなのに、わたしたちは随分とのんきに将来を憂え、きのうを悔やみながら、きょうを漫然と過ごす。

  今に生きる。それは口で言うほど単純、簡単なことではないけれど、それでもわたしは昨今、老後のために、なんて蓄えていた貯金を切り崩し、勤めを辞め、売れない作品をバカバカと書き始めた。

  今に生きる、って、保身をやめる、ということかもしれないね…。

  先述とは別に、「沢村さんは不幸でしょ。だからこんな作品がかけるんだ」と訴える画家がいて、「沢村さんにはずっと不幸でいてほしい」と私も切望されたのよ、と画廊のオーナーも苦笑い。とどめが手紙で、「不幸のまま早く次の作品を見せてください」。

  不幸に映ったかと思うと、うれしくはないけれど、「今立ってる崖っぷちから飛び降りてください。飛び降りても死にませんから」の一文に感謝。

  そうね。来る日も来る日も崖っぷちから飛び降り続ける「その日暮らし」。そのうち、その崖っぷちが目に見えなくなる「その日暮らし」。(盛岡市、書家)


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