盛岡タイムス Web News 2013年  8月  27日 (火)

       

■  〈ジジからの絵手紙〉44 菅森幸一 水増し


     
   
     

 洪水の事を「水増し(みずまし)」とジジたちは言っていた。川の水量を調節するダムがまだできていない頃の話だ。

  進駐軍の命令で台風の名称をキャサリン・キティ・アイオンなどと女性の名で呼んでいたが、恒例のように来襲する彼女たちの暴れっぷりは半端じゃなかった。

  盛岡を流れる三つの川の周辺では橋が流されたり大きな被害が出た。特にも現在は開運橋北側の河川敷公園になっている「木伏」といわれた地域では、水増しのたびに避難を強いられ大変な目に遭っていた。ジジの家は大沢川原でも開運橋に近く比較的高台だったが、大沢川原の通りを濁流が流れるようになると床上浸水も心配され徹夜で警戒に当たったものだ。轟音と共に家や動物の死骸をのみ込んで流れる水の恐ろしさに空襲以来の恐怖を感じ背筋の凍る思いがした。

  水が引き始めると大量の泥と悪臭の中での後始末が待っていたが、道路の側溝にひしめいている逃げ遅れた川魚を追い回したり、流れ寄る材木などを鳶口一本で拾い集めるオジサンの妙技に見とれたりと、災害の中でも遊びや楽しみを見つける才能を大抵の子どもは持っていたね。
 


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします