盛岡タイムス Web News 2013年  11月   2日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉339 岡澤敏男 藤原健次郎への書簡

 ■藤原健次郎への書簡

  中学時代の賢治の生活史をハレとケに分けると、ハレには自然との交流があって岩手山への登山と鉱物採集に集約されるのでしょう。子どもの頃から「石コ賢さん」の愛称でよばれるほど珍しい石集めに熱中したが、中学生になると公園で「蛭石」、のろぎ山で「のろぎ(滑石)」を採取し、郊外に出かけて鉱石採集をするようになった。鬼越山(メノウ)、南昌山(水晶)の記事が「東京」ノートにメモされている。寄宿舎の賢治の部屋や押し入れには採集した岩石、鉱石、化石などがごろごろしていたという。

  「東京」ノートの中学2年1学期には四つに分けられた欄があり、その第2欄に「藤原健次郎・南昌山、家」、第3欄に「同 水晶」、第4欄に「同 頂上」とメモされている。第2欄の意味は、南昌山へ同行したのは藤原健次郎で、その家に立ち寄ったということなのでしょう。第5欄は「藤原、野球、ウツ」とあるのは健次郎は野球部の外野手で好打する4番バッターとの意味にと受け取れる。健次郎は不動村(現矢巾町)出身で1年上級だが、1年生の時に寄宿舎の同室のよしみで交友していた。よほど気が合ったのか健次郎の家にもときどき訪れ談笑したらしく、中学1年のときの賢治の雑記帳が同家に残されていた。健次郎の家から南昌山へは近間なので2人で何度か登頂したことを「東京」ノートが語っている。

  賢治童話には私(賢治)と藤原慶次郎がコンビする3作品(「谷」「二人の役人」「鳥をとるやなぎ」)がある。慶次郎のモデルが健次郎であるのは間違いない。賢治が2年生のとき、健次郎はチフスで9月29日に急死している。健次郎について秋枝美保氏は「賢治にとって健次郎は、学校の勉強以外のところにある真の楽しさを気づかせてくれた友ではなかったか」と指摘している。賢治は健次郎が9月29日に亡くなるとは知らずに次の書簡を直前に発信している。日付は明治43年9月19日だが文面から日付は8月の誤記ではないかとみられている。

  「(前略)僕は先頃一週間ばかり大沢に行った。大事件は(その)時に起こったね。どうも僕はいたずらしすぎて困るんだ。大沢はポンプ仕掛で湯を上に汲上げてそれから湯坪に落す。所でそのポンプは何で動くったら水車だね。更にその水車は何で動くったら山の上から流れてくる幅三尺ばかりの水流なんだ。その水流が二に分れる。一は水車に一は湯坪に。つまり湯があまり熱いとき入れるんだね、そこにとめがかってある。永らく流れないものだから蛙の死んだのや蛇のむきがらがその湯坪に入る水の道にある。一つも水は湯坪に行っていない。水車に行っている。
乃公考へたね。そこでそのとめを取った。…水はみんな湯坪に行った。水車は止まった。湯はみな湯をためてる所から湧き上がるのでみなあふれ出る。そして川に入る。川には多くの人が水を泳いでゐる。僕逃げた。後で聞くと湯坪には巡査君湯主と共に男女混浴はいかんなんて叱ってゐる上から水が…とひから三尺立方というやつがどんどう落つる 湯は留まる。あたら真白の官服も湯や水にはねられてごちゃごちゃになった。浴場には又東京から来たハイカラ君なども居たがびっくりして湯にもぐったさうだ。水は留まらずますます出る。湯坪は湯坪でない水坪になった。(後略)」

  この事件は、恒例の花巻仏教会「夏期講習会」(8月5日〜11日)開催期間中のことだったらしい。

  ■童話「鳥をとるやなぎ」より抜粋

「どこかに、けれど、ほんたうの木はあるよ。」
慶次郎は言いました。私もどこかにあると思ひましたが、この川には決してないと思ったのです。
「外に行ってみよう。野原のうち、とせこか外の処だよ。外へ行って見よう。」私は言いました。慶次郎もだまってあるき出し、私たちは河原から岸の草はらの方へ出ました。それから毒ケ森の麓の黒い松林の方へ向いて、きつねのしっぽのやうな茶いろの草の穂をふんで歩いて行きました。

  そして慶次郎が、ちょっとうしろを振り向いて叫びました。「あ、ごらん、あんなに居るよ。」

  私もふり向きました。もずが、まるで千疋ばかりも飛びたって、野原をずうっと向こうへかけて行くやうに見えましたが、今度も又、俄かに一本の楊の木に落ちてしまひました。けれども私たちはもう何も言いませんでした。鳥を吸い込む楊の気があると思へず、又鳥の落ち込みやうがあんまりひどいので、そんなことが全くないとも思へず、ほんたうに気持ちが悪くなったのでした。
「もうだめだよ。帰らう。」私は言いました。そして慶次郎もだまってくるっと戻ったのでした。

  けれどもいまでもまだ私には、楊の木に鳥を吸ひ込む力があると思へて仕方がないのです。


 


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします