盛岡タイムス Web News 2013年  11月   6日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉358 伊藤幸子 「日野原先生の長寿法」


 ゆつくりと齢とりませうやることがまだいつぱいの冬の入口
                                   小林文子
                     (2013年版現代万葉集より)

 前日に親戚の93歳翁のお弔いに出て、翌日102歳の日野原重明先生の講演を聴いた。松尾鉱山のふもとで「ようざん」(硫黄山)とともにあった暮らし。大正、昭和初期の東洋一の生産量を誇った全盛時代。まだバスも走らなかったころも、人々は鉱山に登った。1千bの鉱山に通う道筋はのちの車道とは別に幾筋もあり、今もその跡地が見える。

  寒くもなくおだやかな日のさす座敷の二重サッシの戸窓には、カメ虫がいっぱいいる。「昔はカメ虫もヨガもいねがった」と誰かが言う。元山(もとやま)の木はみんな枯れて、川はまっ赤に濁っていた。沈殿池があちこちにあった。

  この日の仏様には私も小さいころ大変かわいがられて育った。昭和47年、松尾鉱山閉山に伴い、会社側から再就職を斡旋(あっせん)された人々には首都圏に移転した人も多かった。今回は何十年ぶりに帰省して仏前で涙を流し、また再会の思い出話にひたる姿もあった。

  こうして亡くなられると、あわてて元気だったころの面影を求めるのだが、なんでもっと頻繁に訪れて、話相手をしてあげなかったかと悔やまれる。昔はよく立ち話をした。用がなくてもフラッと立ち寄り、天気の話や子孫、畑仕事のことなど話したものだ。

  日野原重明先生のご著書「こころ上手に生きる」を私は常に座右に置くが、医師の祈りとして先生は「相手の話を聴くこと」と書かれる。末期の患者に何かをしてあげるよりも、そばにいてあげることの重要性を説かれる。

  その先生が11月1日、盛岡で講演なさった。演壇もない広いステージの中央に立たれて1時間余、「長寿のための健康法」を語られた。10月4日に102歳になられた由。淡いピンクのネクタイが明るく、やや左傾姿勢で手に何枚かの資料を持たれる。なんともいえぬ艶(つや)のあるお声でよく透(とお)り、音楽のように聴きやすかった。

  「きょうは無料でいらした皆さんに、長寿法を惜しみなく伝授します」と笑わせて五つの項目を示された。@どう食べAどう呼吸しBどう働きCどう休みDどう暮らすか―が重要。心も体も習慣が作るもの、人はよき出会いによって生き方を変えられるとのお声。「さあ、自分の運命をデザインしよう。それが老いを創(はじめ)ること」と結ばれた。深い恩を受けた93年の生を見送り、心が萎(な)えていた冬の入り口で、少し陽(ひ)のさす生き方に変えられそうな気がしてきた。(八幡平市、歌人)


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