盛岡タイムス Web News 2013年  11月   13日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉197 三浦勲夫 笑顔


 最近の東北地方での大きな笑顔といえば、東北楽天ゴールデンイーグルズの日本一だろう。喜びの笑顔が一斉にはじけた。選手、ファン、被災地や移転先や仮設住宅暮らしの人たち。わがことのように楽天の優勝を喜んだ人たちは、その一点で心が結ばれた。

  しかしこの笑顔はやがて元のいろいろな顔に戻る。笑顔(歓喜)の反対は不安、恐怖、緊張、不快、真剣などの顔である。最近、心から笑えることが少なくなっているのではないかと感じる。個人、家庭、社会、世界などの場で、すべて幸せという境遇はまず不可能で、問題を抱えながら暮らしているのが人間一般である。

  一般的に日本人はテンション(緊張)民族と言われる。あるいは「言われた」という方がいいのだろうか。もちろん例外は数々あるが、失敗を恐れ、恥をかくことを恐れ、外に出るよりも内にこもり、同族社会の協力や助け合いは見事だが、他人との協力、協調は不得意な人が多いといわれる。最近の日本在住外国人は、日本社会や日本人をどのように思っているだろうか。

  古い話ではあるが、ごく最近(11月になって)読んだり、聞いたりした外国人の日本人観察2例がある。どちらも「笑い」と関係する。一つは11月4日の朝日新聞「天声人語」が触れたアメリカ人学者エドワード・モースである。もう一つは友人の英国人から聞いたドイツ人(ユダヤ系)学者カール・レーヴィットである。前者は「日本人はよく笑う」と書き残し、後者は「日本人はあまり笑わない」と書いているという。

  エドワード・モース(1838―1925)は明治初期に日本に3度滞在した植物学者で、大森貝塚の発見者である。彼は書く。「日本の庶民はよく笑い、子供たちは大事に育てられ、彼らも一日中よく笑っており、とても幸せそうだ」。日本人の優しさとか礼儀の重視とかの明治初期的原型があるのだろうか。すこし面はゆい、好意のお褒めだと感じるのは天声人語執筆者だけではあるまい。現代の日本人は、その反対面もよく知っているからだ。終戦直後の小説や映画も丁寧な日本語にあふれていた。失ってはならない貴重な資質だと思う。

  カール・レーヴィット(1897―1973)はユダヤ系ドイツ人で哲学者である。ドイツでナチズムが勢いを増すとイタリアに渡り、さらに日本に招かれて、1936年から41年まで東北帝国大学で教壇に立ち、日本がヒトラー政権と手を結ぶとアメリカに渡った。20世紀を代表する哲学史家であるという。彼の書いたある本(ドイツ語)に「日本人はあまり笑わない」という一節があると友人が教えてくれた。エドワード・モースとは逆である。

  推察に過ぎないが、彼が滞在した時期の国内情勢を思うと軍国主義化があり、それが国民生活や思想に影響を与えたのだろうか。国民一丸となって国に奉仕する動きの中で、笑いが少なくなったのか。自分もその本を確かめていないので真相は分からない。想像である。想像を続けると、終戦後、笑いが戻ったような気がする。敗戦の痛手は充満していたが、重圧から解き放たれた解放感があった。貧しいながら当時の子どもたちの写真を見ると、にこにこと笑っている。カメラを向けられてうれしいのだ。自分もその時代の子どもだった。あれから68年。日本人の笑いはどうなっているだろうか。
(岩手大学名誉教授)


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