盛岡タイムス Web News 2013年  11月   13日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉359 伊藤幸子 「週末婚」


 会ひすぎるほど会ひしかどしだいしだいに会はずなりいまはまつたく会はず
                                         安立スハル

 内館牧子さんのエッセー集の中に「情報遮断による健康」という項がある。あれほど売れっ子作家で超多忙な方なのに、原稿はすべて手書きとのこと、信じられない思いだ。「鉛筆は三菱uniの6B。使い始めて25年になる。NHKの大河ドラマや朝の連続テレビ小説は決定稿にするまでに、四百字詰原稿用紙で7千枚近く書く。大きな箱に削った6Bを4百本入れておき、芯が丸くなった物は空き箱に放り込む。」とある

  氏にとって、決して機械オンチということではなく、パソコンのプラスマイナスを考えた結果、あまりの情報量の多さに、情報遮断が必要かつ大切なことと気付かされたという。

  昭和23年9月10日秋田生まれの内館さん。パソコンデータではないその日の秋田魁新報のことを書かれている。「可愛い御嫁入前の娘様の必需品」として「電気裁縫鏝(ごて)」の紹介がある。

  夫の仕事、妻の仕事はもとより、「家事は男女共同参画」の観念に至るまでの戦後の長い時代を経てきた。そんな中で、私は内館さんのなんともおもしろい小説「週末婚」を読んだ。「一人の異性と終生同居する」という結婚の形態に風穴をあける「週末だけ同居」型結婚。

  平成14年初版のこの本は、陽子、月子という姉妹の成育から結婚の過程をリアルに、詳細に描き分ける。「同棲や非婚や内縁と違い、入籍した結婚は『閉じられたドア』だ。安定した落ち着く空間であるが、息もつまる。飛びだしたくもなる。しかしそのドアをガラスにすることが『週末婚』ではないのか。閉じられているのに夫婦は連続している。一人で居る時も相手の気配を遮断したくはない」

  本書を読んでいると、よく「ありきたりの」という表現に出合う。世の多くの妻たちが「Aさんの奥さん」とか「Aくんのママ」とか、名前で呼ばれないのが耐えられない」という月子。また、たとえ成果が出なくてもいいから、これをやるために生まれてきたと思えるものが欲しいとも願う。このことは氏の「十二単衣を着た悪魔」の中でも「人はどんなジャンルでもいいから、しっかりと輪の中に居る場所を見つけなくてはいけない。それがあって初めて、ありきたりでない人生を生きているという実感が湧く」と主人公に言わせている。

  巻末、月子はバルセロナの旅の終わりに、週末婚を解消する決心を固める。ガラスのドアの輝きは終生の魅力ではあるのだけれど――。 
    (八幡平市、歌人)


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