盛岡タイムス Web News 2013年  11月   18日 (月)

       

■  〈幸遊記〉149 照井顕 畔上佳成のヒア・カムズ・ジョニー


 かつて岩手県三陸町(現・大船渡市)にあった北里大学水産学部のジャズ研究会「浦崎スタンダーズ」のベーシストだった畔上佳成君が、久しぶりに僕の前に現れたのは2011年8月9日。穐吉敏子・ルー・タバキン夫婦による、東日本大震災復興支援チャリティー・ジャズライブ「ホープコンサート」を、僕らが紫波町にある「野村胡堂・あらえびす記念館」で開いた時だった。

  ほぼ20年ぶりの再会。その時、「ケンちゃんこれ!」と言って僕に持参してくれたのは、何と!1992年11月に、僕が大船渡市農協会館と盛岡・岩手教育会館で開いたコンサート「穐吉敏子ジャズオーケストラ」の全メンバーから、彼がサインをもらった貴重な一枚の色紙だった。一瞬のうちに頭の中がフラッシュバックした!そうだった。あの時の二大イベント。北里大学のジャズ研のメンバーに、コンサートを聴かせるからと、先のオーケストラ。翌93年の6月のカルテット。「陸前高田市ふれあいセンター」と「盛岡劇場」での公演時に当日のスタッフとして手伝ってもらったのだった。

  しかも、彼らが卒演を僕の店・陸前高田ジョニーで行ったとき、なんと4回聴いて覚えた穐吉敏子さんの新曲「ヒア・カムズ・ジョニー」を演奏し僕を驚かせたことも、まるで昨日のように鮮烈に思い出したのだった。

  畔上佳成、彼は1971(昭和46)年・東京渋谷に生まれ、小学生の時に父と釣りに行ったことがきっかけで、魚の勉強がしたいと、都立千歳ケ丘高校を卒業して北里大学水産学部へ入学し三陸町へ。大学でロックをやっていたら、児玉教授から3年生の時にジャズ研に引っ張られ転向。卒業後は東京で本格的にジャズベースを習ったという。横浜に障害者の通所施設建設のための、チャリティーコンサートを開いた時、藤原清登(ベース)トリオを、開港記念会館に呼び、大きな話題と成果を上げたのは2011年6月25日のことだった。

  そして彼は今年(2013年)、僕が主催した10月31日の穐吉敏子さんのコンサートを東京・原宿に聴きに来てくれ、すぐまた、盛岡の開運橋のジョニーへと現れたので、僕はうれしくて仕方がなかった。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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