盛岡タイムス Web News 2013年  11月   21日 (木)

       

■  〈風の筆〉27 沢村澄子 「ふねのそれから」


 10月から11月にかけて盛岡市中央公民館庭園で野外展があって、そこの池に「きんのふね」を浮かべた、という話をしばらく前に書いた。その舟のいわれとなる娘さんの話を板に書いて地面に置いたのだが、それは東日本大震災で実家や身内をなくした彼女が、徐々に立ち直ってくる経緯を記したものだったのである。

  3回台風に襲われるも、ついに、「きんのふね」は沈まなかった。希望の象徴のような舟に沈まれるのはイヤで、わたしは会期中ずっと天気予報を気にし、台風接近と聞くたび、作り直す覚悟や段取りもした。

  しかし、舟は沈まず、風雨にさらされ当初の輝きこそなくしたものの、無事会期を終え11月4日の搬出となる。

  その数日前、モデルとなったN子さんから連絡があって、搬出を手伝いたいという。「何かお役にたてれば」と、書いてあった。

  最終日はいいお天気で、家族連れやカップルがそぞろ歩いて野外展を楽しんでいた。特別、アートを観るぞ、という感じではなく、散歩の背景に松やカモやモミジやコイやアート作品も、みな混じってる、というあんばいを違和感なく楽しんでいる。

  三脚を立てて一生懸命、あるいはケータイを取り出して気楽に、多くの人が写真を撮っているのもいい。美術館ではなかなか見られない光景で、こういう鑑賞の仕方もあるわけである。鑑賞というより、既に、制作になっているのかもしれない。

  夕方の搬出時刻の30分前にN子さんと待ち合わせた。舟を眺めながらいろんな話。その横をお客さんたちが通り過ぎる。板の文を読んで「へー」とか「あぁ…」とかさまざま観想を言いながら、でも、彼女がその娘さんだとは誰も知らないで。

  時間が来て舟が引き上げられ、「こんなだったのかぁ…」と彼女はつぶやいた。遠目と近くでは違うからね。「中に乗って写真撮ろうかと思ってたんだけど…」ちょっと小さかった。

  ビニールにくるまれて、N子さんに抱えられて、「きんのふね」の撤収。「軽い、軽い」と彼女は笑っている。「希望って軽いのかなー」とわたしも笑った。「横風なんかにあおられちゃったりして〜」とよろめきながらN子さんがまた笑った。

  秋の最後のぬくみの日を浴びながら、わたしたちは昔の南部のお殿様のお庭だった池のほとりで声を立てて笑った。笑っているN子さんを眺めながら、不謹慎にも、わたしはこんな幸せはないと思う。彼女の笑いに入り混じっている複雑な思い。それがクリアなよろこびに燃える日までまだ時間かかるとしても、生きて一緒に笑えるこのよろこびよ!

  「この舟どうなるんですか?」「ネコの家」「ネコの家?」「ノラが来てるんだけど寒くなるじゃない。段ボール箱だけじゃ頭の上スースーだから、これで、屋根と壁にするの。きんのふねはネコの家!」彼女がまた笑った。「来年、また何か作るときにはお手伝いに来ますから」そうね。また、来年。泣いても笑っても、一年なんか、本当にあっという間。
(盛岡市、書家)


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