盛岡タイムス Web News 2013年  12月   2日 (月)

       

■  〈幸遊記〉151 照井顕 阿部美佳子の百万本のバラ


 紫波町彦部にあるコスモス畑にちなんで名付けられたコーラスグループ「コールコスモス」の指導、指揮者であり、同町古舘地区のコーラスグループ「パープルウエーブ」のピアノ伴奏者でもある阿部美佳子さん(59)が、先日ひょっこりと開運橋のジョニーに現れた。

  20年以上も自宅で近所の子どもたちにピアノを教えてきている彼女だが「同級生たちから、頼まれたのが始まり。通う子どもが音楽を好きになってくれればいい。一人ひとりの自信になり、人生に役立つピアノであればいい」と一度も教室の発表会を開いたことはなく「子どもより親たちがやらせたいのだから」と、やりたくない気持ちも自分に重ね合わせる。彼女自身ピアノは小学1年から盛岡二高時代まで。

  卒業後、上京し東京電子専門学校でコンピューターを学び、全農計算センターのプログラマーとして勤務し東京で結婚。実家の父が亡くなり再婚相手だった義母が子どもたちを連れ家を出たため、実家に戻り、祖父母が94歳、96歳で天寿を全うするまで介護し、みとった。

  紫波町にある「野村胡堂・あらえびす記念館」でレコーディングしたCD「ALAEBISU」の発表記念「ケイコ・ボルジェソン・ピアノソロコンサート」が行われた2007年6月10日、ケイコさんと共演した急ごしらえの「あらえびす合唱団」で「百万本のバラ」(あの加藤登紀子の歌で有名)を原語のラトビア語で歌う合唱団の指揮をしてくれたのも美佳子さん。

  歌は日本語詩とは違い、強国に支配され続けたラトビア共和国の苦難の歴史から生れた詩人・レオンス・ブリエディスの作詞。作曲は同国の元・文化大臣・ライモンズ・パウルス。「神は娘に命を与えたけれど、幸せをあげ忘れた…」と母娘の悲しい人生をつづったもの「作者はジャズマン、私は本人から直接許可ももらって歌っているの」とあの時ケイコさんから聞いた。

  2007年あの時「宿命の闇を明かすものジャズ!」と詩につづった川村明香さんの笑顔と、あの2カ月前にご主人を亡くし、激流をくぐり抜けてきて、今の笑顔がある美佳子さんの2人の顔が重なった。これもまた、コーラス!か。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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