盛岡タイムス Web News 2013年  12月   10日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉189 及川彩子 グッビオ「死者の扉」


     
   
     

 先日、イタリア中部、ウンブリア州の古都グッビオを訪れました。フィレンツェとローマの中間に位置するウンブリアは、標高千メートルの山々が連なる自然豊かな州で、名産のオリーブ油は、世界一のお墨付きです。

  この州には、聖フランチェスコの生地アッシジなど、中世の面影を残す町が点在しているのも魅力。ほとんどが、丘の上の城塞都市なので、鉄道も高速道路もなく、交通不便な町が多いのですが、中でも、人口1万人足らずの町トーディは、それゆえ「静けさ」と歴史的価値から、建築家による「世界で最も環境の整った町」に選ばれています。

  グッビオも、徒歩で回れる小さな町。地元の粘土を利用した陶器の名産地です。

  町外れの駐車場に車を止め、山の斜面を利用した、切り石積みの町を行くと、道の両側に並ぶ、個性ある陶器店が目を楽しませてくれます。急な坂道も気にならず、むしろ、古い小路に隠された中世の人々の知恵と技術に興味をひかれるのでした。

  どの民家にも見られる玄関隣の「死者の扉」もその一つ〔写真〕。石の階段の入り口の扉は、棺(ひつぎ)と同じ幅。家族が死んだ時に初めて開けられ、棺を運び出した後は、死者が戻って来ないよう、壁で塗り込めてしまうのだとか。

  通りには、すでに塗られた扉も見られます。

  起源は紀元前10世紀。周辺に住み着いたエトルリア人の風習で、アーチ型水道橋の建築など、後のローマ人に影響を与えた民族です。

  中世の日常は死と隣り合わせ。家族の死によって、人々は、自分にも死の世界への通路が開かれたことを悟り、死者を送り出した後には、その扉が自然に閉じて日常生活に無事戻るよう手続きを踏む…死は、結婚や誕生同様の儀式と考えられていたのです。

  以来、長い歴史の中で、宗教や習慣とともに変わってきたであろう「死」の観念。にもかかわらず、いまだ生き続けているエトルリアの心。それは、一種の奇跡を見るようでした。


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