盛岡タイムス Web News 2013年  12月   11日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉363 伊藤幸子 「盛岡文士劇」


 主人公は死なないものと油断して読んでおったらあっさりと死ぬ
                                           竹村公作
                                      「角川短歌年鑑」より

 11月30日、盛岡劇場にて「盛岡文士劇」が開催された。ことしは復活19回目、私は例年、楽日の夜の公演を観てきたが、今回はいい席が取れず初日の夜になった。初日の翌日が千秋楽というのも盛岡ブランドならではだ。10月のチケット発売日の時は某所に早朝から並んでいると、脚本家の道又力さんも走ってこられて私のうしろに並ばれた。

  その道又さんの新刊「芝居を愛した作家たち」が実におもしろい。劇場のロビーで読んでいたら、かつらもメークもまだ途中のご本人が何かのご連絡にみえた。私はすかさずご署名をお願いして本のとびらに「天晴れ!盛岡文士劇」と書いていただき、いい記念になった。

  文藝春秋社刊、昭和44年文春文士劇「弁天娘女男白浪」の表紙絵も明るく、当代30人余のエッセー、小説、対談、インタビュー、漫画などを集めた香り高いアンソロジーである。

  半藤一利さんの「宮本武蔵」の苦心談。昭和31年、石川達三扮(ふん)する武蔵、巌流島決闘のシーン。佐々木小次郎のつばめ返しが決まらない。本番前に猛練習し、小次郎が物干しざおと称せられる長剣をエイッ!と切り上げた瞬間、コットンとツバメが落ちるはずだった。それがはずれ、先にツバメがコットン、エイヤッ、「お見事!」の掛け声に客席大爆笑…。小次郎、川口松太郎先生の怒りに怒った一幕とのこと。

  わが盛岡文士劇でも、平成20年「宮本武蔵と沢庵和尚」が演じられた。こちらは巌流島ではなく、暴れん坊武蔵が寺の大木に吊(つ)るし上げられて沢庵和尚のお説教を聞く場面が山場。高橋克彦座長の説得力と利根川真也武蔵の渾身(こんしん)の立ち回りにしびれた。「たとえ心の中だけでも、妻と言って」と迫るお通役はマンドリンの清心さん。どこまでも武蔵を追い回すお杉婆(ばあ)さんは内館牧子さんだった。小次郎役はほれぼれする立ち姿の斎藤純さん。本位田又八・菊池幸見さん、吉岡拳法・谷藤市長。祇園藤次は北上秋彦さん。こう書きだしてみるだけで胸がふるえる。あれから6年、利根川アナウンサーははるか出雲の国に転勤された。

  ことしの現代劇は「いっつもふたりで」、降って湧いた青年医師の転勤の話。時代劇「赤ひげ」はそれこそ重厚な芝居の神髄を見た思いだった。19年間の盛岡文士劇。座長さんはじめ本当に「芝居を愛した作家たち」の熱演に拍手、感謝。「やっぱり今回が最高!」とつぶやいて、「アレ、去年もそう言ったっけ?」と思い出した。(八幡平市、歌人)


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