盛岡タイムス Web News 2013年  12月   12日 (木)

       

■  〈風の筆〉30 沢村澄子 天川村


 名古屋に用があったのだが、飛行機の都合で一気に大阪へ。大阪から吉野、橿原神宮、天河大弁財天、伊勢神宮、名古屋へと回った。

  奈良県天川村にある天河神社は日本3大弁財天の一つといわれ、神事のときには全国から人が集まってくるという霊験あらたかな社だそうな。最寄りの近鉄下市口駅からバスで1時間。細い山道のアップダウンをゆるゆる走っていると、日本にもまだこんな素朴な山の暮らしがあったとは、と驚く。

  奈良交通のバスは小ぶりで15人ほどの座席数。行きは7人、帰りは3人の乗車。側面には跳ねるシカの絵が描かれており、1日2往復。

  朝10時前に天河大弁財天前バス停に着いたのだが、お参りは5分ほどで済んでしまい、同行の絵描きのお姉さまが「これだけなんか?」と怪訝(けげん)そうな顔。わざわざバスに乗って山道を揺られて来たのに何もない。わたしもちょっと不思議に思った。人が多く集まると聞いていたわりに、神様どころか人々の信仰さえ感じない。以前、彼女とイタリアを縦断した際には、あそこここと教会のそれぞれに、その街で日々繰り返されている信仰のありようが、手に取るように見えたのに。

  帰りのバスは午後3時26分までなく、近くの天の川温泉まで歩いて、昼をはさんでの長居をお願いした。

  そこの休憩所のロッカーの上にゴロンと円空の仏像が載っかっていたのである。無論レプリカだが、そのあまりの唐突さに「円空がなぜこんなところ(ロッカーの上)に」と思わず独り言が出て、すると、館のお姉さんが「今、円空、っておっしゃいました?」「言いました。なぜ、円空がここに?」「天川村には円空の仏像があるんですよ。4体。1時間歩けば見られます」。

  湯あみを棚上げにして山道に出た。お姉さんにカイロを持たされ、さっき自分たちが拝んできた社は新しいもので、昔からの禊(みそぎ)場は別だと教えられ、そこは数年前の台風で山ごと大きく崩れて工事の真っ最中だったが、それでもそれなりの気が感じられたのである。

     
   
     


  天川村、天の川温泉。その名の由来はどんなものなのか、この村には地表にもそんな川が流れている。川底の砂利が、遠く山道を行くわたしたちからも見えるくらい、透き通った水で細くなり太くなり、紅葉もわずかに残っていた。

  確かに1時間ほど歩くと、小さなお堂に円空の仏像が納められてあった。軽トラの窓からおじさんが「右側に電気のスイッチがあるからな」と教えてくれる。こんなに笑った仏像は生まれて初めて見た。円空にはもっと厳しいイメージがあったが、天川村の円空仏はただふっくらと笑っていた。

  行きはよいよい、帰りの1時間には苦労したが、それを癒やすにこの上ない湯。長風呂のわたしが休憩所に出ると、先に上がっていた連れが言うのである。「なぁ。もし、この先どうにも生きるに困ってあの仏像を盗んで売ったとしても、あの仏さんなら赦(ゆる)してくれると思わんか?」。70歳を目前に裕福に暮らす彼女が、一人そんなことを考えていたのかと思うとおかしかった。「東大寺の仏像ではダメなん?」「ダメじゃ。東大寺のは盗めんな」。それはセキュリティーの問題かとちゃかしたいのをのみ込んで、わたしは信仰とは何かを考えた。事実、救済とは何であろう。

  帰りもシカの絵のバスに運ばれながら、吉野の山々は夕暮れに霞んで、まるくまるく。天川はまこと、まほろば村だった。
(盛岡市、書家) 


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