盛岡タイムス Web News 2013年  12月  30日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉155 照井顕 吉見正信の宮澤賢治研究

 「俺は出たきり老人」そう言って、元気に出掛けては講義や講演をして歩いてる吉見正信さん(85)が、久しぶりに、ひょっこりと現れて「照井顕様」と書いた封書を僕に差し出した。中身は一冊の本「宮澤賢治の心といそしみ」という吉見さんの著作本だ。宮澤賢治の研究を60年以上の長きにわたって続けている彼の、賢治に関する7冊もの著作集が東京の出版社「コールサック社」から出るという。

  頂いたのは第1回配本の第2巻・評論集。帯には「東北の悲劇に立ち向かうため賢治のいそしみ≠フ精神を提言する」とある。それはそうと、先月(2013年11月28日)、埼玉県久喜市に講演を頼まれて行ってきたのだという。宮澤賢治全集第5巻の文語詩「著者」に見た「造園学」の一語と、賢治の手帳にあった賢治筆跡のメモ「本多静六博士・造林学前論」からの抜き書き。その中の「石灰ハ濶葉樹ノ生育ニ特ニ必要ノモノ」とあり、賢治の中には本多静六がいて影響を与えていたという思いを彼は抱き直した。それが縁となって本多の故郷での講演と相成った様子。しかも彼・吉見さんのお母さんと同じ小学校に通った本多静六博士(1866〜1952)のことは幼い頃からよく母から聞かされ知っていたのだという。

  「講演の帰り駅まで乗ったタクシーの運転手がまた陸前高田の出身で『たかはし・さんぞう』さんという方で、ジョニーのことよく知ってたよ!これも縁」と彼。そういえば吉見さんが陸前高田時代の僕の店に現れたのは、1980年代だから30年にはなる。

  吉見正信さんは1928(昭和3)年、東京・杉並生まれ。東京で雑誌記者を経て、昭和26年1月10日、岩手に国語の教員として来た。以来、啄木、賢治にはまってしまい、あっという間に60年以上も過ぎてしまったわけだが、いまなおデクノボー≠フ賢治体験をしながら「変人。過激。まともじゃない。」を一番大事にし、腰痛にもめげずに頑張っている姿は、オーラにさえ包まれている。

  開運橋のジョニーから北上川を眺め「北上川は日本の五大河川だが、北から南へ、一直線に流れている日本にただ一つきりしかない、すごい川なんだよ!だからもっとアピールすべきだ!」と熱がこもる。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)




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