盛岡タイムス Web News 2013年  12月  30日 (月)

       

■ 〈新・三陸物語〉44 金野静一 気仙・三陸14


     
   
     

 綾里村快挙録。妻を奪われ、家を取られ、借金で首が回らなくなる。そして働き場所の漁場まで奪われた漁師の行き先―それは死以外にはなかったのである。

  ところで、女房を奪った当の局長は、酒を飲んで、いささか酔って帰宅した。女房は先に寝ていた。ゆり起こしながら、この女は元は源の女房だと改めて思い、
「源が死んだ。前の旦那の源が…悲しかんべ」
という。

  すると女房は寝返りを打ちながら、
「酒こ、飲んできぁしたね。…源さんが…今さら何も言うことねぁし。ばからしい…」
と、眠そうにつぶやいた。
    ◇
  大正15年の春、綾里の漁師たちが、山村一家の策謀で、鮑浜を奪われ、苦しんでいるとき、同村出身の青年教師殿村賢治郎が帰ってきた。殿村は遠野中学(旧制)を経て、盛岡高等農林学校(現岩手大)を卒業、群馬県の農林学校の教師になっていた。

  だが、故郷の漁師たちの苦難を救うために敢然と帰郷することにしたのである。彼は綾里に帰ると、ただちに茂平という人物のしっかりとした漁師と連絡、共に山村一家と闘うことにした。
「何もかも表と裏は大違いだ。表はきれいでも、裏はメチャメチャなんだ。捕鮑組合がそうだ。320株をみんなに分けた。そして漁業組合には交付金も出している―なるほど表はきれいだ。筋が通っているやに見える。だが、その裏はどうだ…」

  賢治郎は帰村して、あれこれ村の様子を調べた。漁業組合から、山村一家の捕鮑組合が鮑浜を10年の期限で借りたが、それは表面は一応合法的でも、実際は強奪にも等しく、そのため多くの漁民が苦しんでいる。

  実は、その10年の期限が去年で切れていた。

  そこで山村一家は、鮑浜の期限を、さらに10年延期しようと、またまた策謀をめぐらしていた。彼らは漁業に関係のない商人、農民などを漁業組合に加入させた。
「藻(も)を一つ拾う者も、また漁業者である…」

  これが、彼らの漁業組合員たる資格の口実である。賢治郎と茂平らは、注意深く彼らの動きを監視した。

「このたびの200人の新入組合員は、みな村長や局長らの回し者だ。多くの味方を引き入れた彼らは、多数の決議権を利用して、漁業組合に、もう一度10年間鮑浜を売らせようとする腹なのだ…」
―賢治郎らは、自らも漁業組合に入会すると共に、漁民の間に、互助会なるものを組織した。尊結果、170人の漁師のうち、148人が互助会に入ったのである―

  残る30人ばかりの漁師は、金銭関係や情実で、山村一家に弓を引くことのできない者たちであった。互助会148人は、山村一家と最後まで対決することを誓い合ったが、その中には立派に成人した長吉もいた。長吉こそ、首をくくって亡くなった源が父親。局長に強引に奪われた女房の子だったのである…。




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