盛岡タイムス Web News 2014年  1月  8日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉204 三浦勲夫 ハラスメント


 ハラスメントの動詞「ハラス」(harass)を辞書で引くと「(厄介なこと・心配などで)(絶えず)悩ます」とある。大学受験時代に暗記した単語であるが、受験そのものにも出なかったし、古い英語小説にも出てこなかった。それでも妙な言葉として、記憶の片隅に残っていた。小説などには出てこなかったが、実生活で耳にすることになったのは、ロンドン大学に留学した年だった。

  1983(昭和58)年の秋の日の朝、ロンドン北西部にあるロンドン大学ウェストフィールド校(当時)の構内を歩いていた。自分の前を2人の女子学生が歩いていた。一人が突然大きな声でこう言って笑った。「ドント・ハラス・アス」(からかわないでよ)。彼女らの視線の先を見上げると校舎の上階の窓から下を見降ろして職人風の若い男二人がにやにやしていた。学生の言葉「ハラス」とは?記憶の片隅から意味をなんとか引き出した。「悩ます、冷かす、からかう」じゃなかったかな?はっきり声に出して「ドント・ハラス・アス」と言った女子学生たちの口調には自信たっぷりの明るい響きさえあった。

  ちなみに「セクシャル・ハラスメント」という言葉は、1970年代初期に出されたアメリカの女性雑誌「Ms」(ミズ)の女性編集局長が作り出した言葉であるという。80年代からセクシャル・ハラスメントをかざしての法廷闘争がアメリカで始まり、世界にも広まっていった。83年のロンドン大学でのあの朝の言葉は女権拡張意識の高まりの中で女子学生によって発せられた可能性もある。90年代からは日本でも大学や公共の場所におけるセクハラ防止活動がさかんになった。

  この小文では「セクハラ」について深入りはしない。その後「ハラスメント」は地位を利用した「パワハラ」(パワー・ハラスメント)とか「レイシャル・ハラスメント」(人種の差によるいじめ)など性差を越えて、各種の格差や差別に発生する嫌がらせに広がった。ハラスメントに抗して大きな声で不当を訴える力を持つ者は救われる。その力を持たない者は犠牲者とならざるを得ない。

  日本で頻繁に発生するものに学校での「いじめ」がある。幼い生徒たちがいじめを受けて自ら命を絶つ。学校教師や父母会や助言団体が力を合わせて犠牲を最小限度に食い止める努力を絶やしてはならない。他方、いじめやハラスメントにどう対応するかについても、方法論的、道徳論的、心理学的、病理学的な啓蒙、教育もなされなければならない。

  精神病理的な知識も必要になる。各種精神疾患の特徴としてどのような言葉の暴力や実際行動の暴力が行われるのか。それを知り対策を練ることも被害を食い止める大きな力となる。アルコール中毒症に対する備えも必要である。無知は被害を拡大する。病理現象とまでは言えなくても、人の「酒癖」や「酒乱傾向」なども知れば、その人たちに対する対応に大きく役立つ。人それぞれに、自分が飲める酒量のリミットがある。理想的には年と共に酒の上での失敗も少なくなり、皆無になることだ。危険を自覚して禁酒することもある。ハラスメントの話が酒の話に転じてきたが、「サケハラ」も形を変えてセクハラやパワハラなどに忍び込む。めでたい新年会も和やかに過ごしたい。
   (岩手大学名誉教授)


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