盛岡タイムス Web News 2014年  1月  11日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉348 岡澤敏男 大等の「生々主義」

 ■大等の「生々主義」

  賢治と願教寺(島地大等)との縁は中学5年(大正2年)の10月に始まっていることは、中学時代からの略年譜を記録した「東京」ノート(69n)の2学期の欄に「報恩講 島地大等」とあること、また「文語詩篇」ノート(10n)には「十月 北山」とメモされ、「和歌年月索引」(44n)で「報恩講」と記入していることでも察知されます。この「報恩講」とあるメモは、吉岡閑のいう「賢治君は私の母に連れられて行った」(「若き日の宮沢賢治」)ことと重なっているのかも知れません。

  島地大等は新潟県生まれの学僧で、明治35年に願教寺住職島地黙雷の法嗣(後継者)として島地家に入籍した。明治35年〜36年にかけ大谷光瑞(西本願寺門主)の西域探検隊の随員の一人としてセイロン、インド、ネパールの仏跡調査を行なっている。帰朝するや比叡山に入り天台座主に付いて真言事相を伝えられ、東塔五智院において密行を修行し、叡山その他諸寺の古蔵・吉水・天海・正教等の研究資料を探り、さらに高野山に赴いて東密事相教相の資料を調査するなど学究を深めて華厳、天台教学の権威として知られています。しかし病気と家庭の困苦に耐えながら諸大学の仏教講座を受け持ち、村上専精・前田慧雲と並ぶ学者と目されながら、昭和2年に52歳の若さで僧侶、学者としての生涯を閉じた惜しんでも余りある大人物であった。そのような東京で学を講じる多忙な日程をくぐり盛岡願教寺においては、盛岡仏教夏期講習会(毎朝5時〜7時)や報恩講を通じて故郷の篤信門徒ばかりでなく、賢治のような有為の青年子女の教化に全精力を傾注したのです。とくに講習会ごとに「無声窟」と称する寺内の一室で学生らのために討論の場を設けたという。「彼等が求道のための論議が熱してくるとき、大等はこれを誘って究竟の信楽(真楽・自分も相手もともに楽しむ)に導いた」と白井成允が伝えている。

  この「無声窟」という討論の場の発想は、東京原町の自宅で毎月一回開かれた土曜会を模したものとみられる。土曜会には大学、一高やその他の学生たちが集まって「政治も宗教も文芸も哲学も科学も、自然主義も社会主義も唯物論もキリスト教も、すべて論ぜられ主張された」といい、唯物論者の三枝博音や服部之総も出入りしていたといわれる。しかし大等は「上から教えを説くことはしなかった。ただ楽しんで皆とともに語り、ともに道を求めるという立場に居られた」と池田和市が「故島地先生の思ひ出」で述べている。おそらく無声窟でもそのような雰囲気で学生らと討議し、ついには「真楽」に導く大等の風貌が察知されます。大等は「集団的に美しく生きる為にも個人的に善く生きるにも「生々主義」によるべきだという考えを披露されたのもこの場であったのかもしれない。「利己的に生きると言うことは最も低い愚かしい生き方だが、人間の弱点として本能的に利己的なので、利己主義などと言うべきではなく、むしろ人間生活の事実と認めるべきだ」としたうえで「利己主義を離れ人間らしく生きる道として、古今東西の教えるところは愛他主義に立ちて生きることだ」が、その方法論として提唱したのが「生々主義」でした。この思想は「オイケン、ベルグソン的な時代思潮を真宗的立場で吸収し、超えようとする意図があった」と解釈し、賢治の自我にも関係がありそうだと小野隆祥氏は指摘しています。

  ■島地大等の「生々主義の提唱」より(抜粋)

 改めて言ふまでもなく利己主義は他はともかく自分さへ生き得ればと言ふ考なのです。この態度で進めばきっと他を生かさない計りでなく自分も生きられないことになり、自他共に失ふ共倒れと言ふことになるのでせう。私はこれを仮に殺々主義と申します。双方共に殺し殺さるゝことになるから殺々と申すのです。
(中略)

  生々とは自分だけ生きるのでも他人をのみ生かすのでもない。自分も生き人をも生かす自他共に生くるの道であります。殺々主義伴倒れ主義と全く反対なのであります。家庭でも社会でも、国家でも国交でも、往くとして可ならざるなき至要の道であります。二人以上集つて生きてゐる人間の集団生活には必然の道であり、同時にまた個人単独の生活上にも必然の道であります。家庭は利己主義の為に崩壊すべきは勿論ながら、誤れる利他主義犠牲主義もまた家庭を崩壊するものであることは、近代特に広くしばしば悲しくも経験するところであります。旧道徳の破産となど申すことも全くこの点を憂ふる言葉なのでせう。今私の生々主義では親の為に子が、夫の為に妻が犠牲になれと言うのでなく、親と子と相共に生くるの道であり、夫と妻の独り犠牲になりするのでなく、何れも生き何れも相生かす道であるのである。(以下省略)





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