盛岡タイムス Web News 2014年  1月  15日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉 367 伊藤幸子 「子規の初夢」


 うれしくものぼりし富士のいただきに足わななきて夢さめんとす
                                 正岡子規

 正岡子規随筆選「飯待つ間」の中に「初夢」の項がある。(座敷の真中に高脚の雑煮膳が三つ四つ据えてある。自分は袴羽織で上座の膳に着く。)「うまい、実にうまい、雑煮がこんなにうまかったことは今までにない。もう一つ食いましょう」すっかり元気な子規を見て、「あなた、もうそんなにお宜しいのでございますか」「病気ですか、病気なんかもう厭(あ)きあきしましたから、去年の暮にすっかり暇をやりましたヨ。今は手や足が急に肥えて、何でも十五貫位はありましょうよ」

  「アラ、誰だと思うたら、のぼさんかな。サアお上り。お疲れつろ(でしょう)、もう病気はそのいに(そのように)ようおなりたのか」「おめでとう」「おめでとう」――松山なまりの会話が弾む。

  明治34年1月の記、35歳で亡くなる前年の正月。脊椎カリエスで腰の痛み、背の痛み、脚の痛みに身動きもならぬほどだが、年末の非常に烈(はげ)しい痛みが少し薄らいだために新年はいくらか愉快に感ずると書く。そんなつかのまの小康のまどろみが魂を自由に遊ばせるのか。ずっとこの健康体の30代の男性の夢につきあっていたい思いにかられる。

  白衣に着がえ、金剛杖(つえ)をついて、サア行こう。富士山の路は非常に険しいと聞いたがこんなものなら訳ないヨ。君、もう下りるか。アッ、アーッ、急いで下りるつもりが道を踏み外し、まっさかさまに落ちた……と思って目がさめた。

  「夢さめて先づ開き見る新聞の予報に晴れとあるをよろこぶ」「あらたまの年の始めと豊御酒(とよみき)の屠蘇(とそ)われ飲みぬ病癒ゆがに」そして、「瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり」の歌は明治34年詠。この歌に対する釈迢空(しゃくちょうくう)の批評の「畳と藤の花ぶさの距離に注意が集って、そこに瞬間の驚異に似て、もっと安らかな気分に誘ふ発見感があったのである。常臥しの身の、臥しながら見る幽かな境地である」との一文に、山本健吉氏は「これ以上の評語を今のところ私は知らない」と述べておられる。

  明治35年、結核のため35年の生涯を閉じた子規。夢さめたときも、たえまなく襲いくる痛みとの闘いはいかばかりか。

  初夢――。私はことし、実にいい夢を見ていた。そして絶対に忘れぬようにと思いながら、再び眠ったらしい。翌朝、どんないい夢だったのか、いや、どこからどこまでが夢なのか、おぼろおぼろにかすんでしまった。 (八幡平市、歌人)


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