盛岡タイムス Web News 2014年  1月  16日 (木)

       

■  〈風の筆〉33 沢村澄子 「いろは歌」


 新年明けて松の内も過ぎ、この作文が紙面に載る頃には、わたしは個展の真っ最中(18日まで上ノ橋町のギャラリー彩園子で)。

  年末年始もなく準備した作品は30点ほどで、ほとんどが新作で、ほとんどが「いろは歌」である。

  「いろは歌」を最初に書いたのは2006年だった。

  彩園子で荷物運びを手伝って、初めてその屋上に上がったとき、そこに出るための180×90aのドアが開くや、180×90aにスパンと切り取られた盛岡の空が見えると、なぜだか突然、「いろは歌」がわたしに降ってきたのだ。

  その小さな青い空を見た途端、これはもう彼岸か此岸か分からない景色だと思った。屋上に出ると、左手に建築中のマンション。右手には岩手山が見えた。

  そこで、合板ベニヤ8枚にペンキで「いろは歌」を書いて、画廊の屋上にぶっ立てたのが2006年。初めて書いたこの時は「いろは歌」を全文知らず、活字を左手に持って書いた。意味も分からなかった。

  書き終わって、ペンキの付いた書道用の筆を(固まる前にと)慌てて洗い、ホッと一息ついたところでオーナーがやって来て、「『ん』がないじゃないか」「いろは歌に『ん』はありません」「いや。『ん』がないとダメだ」「どうしてですか」「『ん』の入った単語が作れないじゃないか」

  この理論?のもと、決して説得されたわけではなかったけれど、とにかく、せっかく丹念に洗った筆をもう一度ペンキに付けて、わたしは「ん」を書き足した。

  だから、最初に書いたこの時の「いろは歌」にだけ「ん」が入っている。

  その後、展覧会のたびにお客さんから、いろんなことを教わるに、「いろは歌」は涅槃(ねはん)経の基本となる四つの教えをまとめたものだそうな。「諸行無常」「是生滅法」「生滅滅已」「寂滅為楽」。大ざっぱに訳せば、「諸行は無常であってこれは生滅の法である。この生と滅とを超えたところに、真の大楽がある」ということになるらしい。

  これをわたしは日々、坊さんたちが読経するように、一体何回書いたか分からない。分からないほど書いた。

  あの地震が起こった翌日の3月12日も、さまざま避難の準備をして、荷物もまとまり、することがなくなると、わたしは墨をすって縁側で紙を広げた。この時書き出したのも「いろは歌」で、何度も何度も、日がとうとう落ちて暗くなってしまうまで(停電していた)、わたしは「いろは歌」を書き続けた。後から知れば、お経を上げていたことになる。海辺で何が起こっているかは、まだ知らないまま。

  この時の「いろは歌」も、今回は出品します。
     (盛岡市、書家) 


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします