盛岡タイムス Web News 2014年  1月  22日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉368 伊藤幸子 「老人ジュニア」


 人の詠む老の歌など身に沁みるやうになりしを老いといふらむ
                                    安立スハル

 「いま老人たちが妙に元気だ。いま元気なのは、かつての高齢者、いわゆるご老人のタイプではない。これまでと全く違うイメージの老人たちが登場してきたのである。なんというか、従来あまり見られなかった突然変異的な種族が異常に増殖しつつあるのだ」そして、「超・老人大国の現実」を検証し、「とんでもないことになってきている」と説く本をかたわらに置いて越年した。

  昨年12月10日発行の五木寛之さんの「新老人の思想」である。人が長生きすることは、はたして本当に幸せなことだろうか。人には「逝きどき」というものがあるのではないか。

  人の一生のおよそ30歳までを第一世代とすると60歳あたりまでが第二、その後の60歳から90代後を第三世代とする。この大きなゾーンが高齢者層ということになる。第二世代は子供を養い老親の面倒も見る大変な年代だ。

  著者五木さんはいま81歳。容姿といい旺盛な創作活動といい80代には見えないが、超高齢者の認知症をあげて長寿の恐怖を指摘される。

  そんななか、102歳現役医師の日野原重明先生が「新老人の会」を立ち上げられた。ここでは75歳からを新老人、それ以下はジュニア会員とよぶという。終戦子の私などは老人ジュニア、ウフッと笑えるネーミングだ。

  この本では、「新老人」とは、自分にその実感がないのに、機械的に老人扱いされるグループとして五つのタイプが紹介されている。

  ◯A肩書き指向型の人は社会活動を積極的にするとよい。◯Bモノ指向型とはカメラや時計、車や楽器などに凝るタイプ◯C若年指向型の若いファッションやジーンズの似合う人◯D先端技術指向型。古希すぎてパソコンの達人もいる◯E放浪指向型。妻子とは別行動の旅。これは大体男性型で、夢とロマンを求めて老女がデイパックを背負ってさまよう姿は絵にならない。林往期から遊行期への五木氏の著書もある。

  長命長寿をことさらに美化するのはどうか。五木さんは、知力体力抜群の一部のスーパー老人を書くのではなく、ごく平凡な老の姿に目を注がれる。かつての老人たちはお寺参りやお遍路など、あの世へ行く稽古を重ね、それを余生ともいった。

  しかしいまや延命治療が充実し、逝けない社会になり浄土も地獄もない無限の虚無が口をあけている――との巻末には心が痛む。小正月16日、老人ジュニアも神妙にお寺参りに行ってきた。
    (八幡平市、歌人)

 


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