盛岡タイムス Web News 2014年  1月  23日 (木)

       

■  〈風の筆〉34 沢村澄子 「足したり引いたり」


 新年早々、氷点下の中での個展が終わった。「盛岡タイムスを見て」とか「読んでますよ」なんてお声掛けしてくださるお客さまもあったりして、ただただ感謝。

  取材もしていただいて、本紙1月16日に記事。その見出しの「自由に味わう読めない書」にはびっくりした。いや〜、すごいインパクト! 見事に的確、ズバリ直截、この上なく端的な言い切り、に胸がすいた。

  そう、まさに読めないわたしの書。でも、一応1字1字しっかり書いてるつもりなのに、なぜか読めなくなるから、不思議なのだ。

  今回は、草月流の高橋キサ子さんがお華を生けてくださったのだが、搬入が雪のシャンシャン降る日で、暖房もない階段の踊り場がその現場だった。

  最初、キサ子さんは作品の足下に赤い柳の枝をしゅっと走らせたいと考えてらしたみたいで、その枝を置いてみたけど、作品がでかすぎて、柳が目立たない。「買いに行ってくる」「え、この雪の中を?」「足りないから」。キサ子さんは道も凍った大雪の中をまた花屋さんまで車を走らせた。

  戻って来たときには大量の花材の他に助手の方も一緒で、2人がかりであっちをおさえ、こっちを曲げてと大掛かりな生けこみになった。「こんな機会はめったにあることではないからね…」なんて言いながら、キサ子さんは次々と花を投入する。その息が白くて、身体を「の」の字に動かしたら、息で白い「の」の字が書けるんじゃないかとわたしは思った。それから30分。ついにできた華≠みんなで眺めていたら、キサ子さんが突然「だめだ!引かなきゃだめだ」って。「あしたやり直す!」「ええ〜ッ」。

  そしてまた翌日、ゼロから足し算があったと思えば、また引き算となったりして、寒々とした階段の踊り場でキサ子さんは手袋もせずにはさみを動かし続け、それを見ていたわたしは、華も書も同じだと、思った。

  書も引き算に違いない。これを説明するのはいつかまたの機会に譲るが、いずれ引き算なのである。しかし、何にもないところから引いてはマイナスになってしまうから、引いてもしっかり残るものがあるように、普段は自分を肥やすことばかり考えて、足して足して食べて食べて、ダイエットには成功した試しがないが、それでも作品からは、ぜい肉をそいで大事なことばかりを残したいといつも思う。 

  日頃引きこもりで人に会わないわたしは、展覧会の時とばかりに多くの方々にお会いして、いろんなことを教わる。今回の「引かなきゃだめだ!」というキサ子さんの一言も、モノを創る人間の魂がボロッとしゃべった声のようにわたしには聞こえて、胸にこたえた。そして、そんな瞬間にこそ「よし、やろう!」「わたしもやるぞ!」と、次への勇気がムクムクと湧いてくる。

  それにしても、寒かった。それなのに、それなのに。本当にありがとうね。キサ子さん! お客さんも!
(盛岡市、書家)
 


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