盛岡タイムス Web News 2014年  1月  29日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉369 伊藤幸子 「入試センター試験」


 山里のあはれを添ふる夕霧に立ちいでん空もなき心地して
                               源氏物語

 源氏物語54帖の中では割と長い「夕霧」の巻。光源氏の子夕霧は、病死した親友柏木の妻、落葉の宮を小野の山荘に見舞う。山里のもの寂しい霧の中で、帰りたくないという思いをこめる歌。これに返して「山がつのまがきをこめて立つ霧も心そらなる人はとどめず」と詠む落葉の宮。しかし、度重なるふみのやりとりは、夕霧の妻雲居雁(くもいのかり)に見つかり、とりあげられ「見給へよ、懸想(けさう)びたる文のさまか」と反論。妻が返してくれないので「その文よ、いづら」とさがしまわるさまが滑稽だ。

  さて、ことしの大学入試センター試験国語は、この源氏夕霧の巻からの出題だった。「雲井雁の夫、夕霧は妻子を愛する実直な人物で知られていたが、別の女性(落葉の宮)に心奪われ、その女性の意に反して深い仲となってしまった。以下はこれまでにない夫の振る舞いに衝撃を受けた雲居雁が子をつれて実家へ帰る場面である」として設問が出ている。

  私は古文が好きなのと、ことしも裸眼で読めるうれしさで挑戦してみた。それにしても「実家に帰らせていただきます」って、千年むかしの女性たちでも決めぜりふかと笑える。

  純真な高校生たちとちがって少しばかり「世の中(男女の)」も知ってしまった世代としては雑念に振り回されて失敗ということもある。どっちにもとれる解釈にも迷った。子を置いて出て行った妻と、残された子どもの心情など、正解を見るまで不明だった。

  大体「もの懲りしぬべうおぼえ給ふ」の心情として「妻には出て行かれ、落葉宮は落葉宮で傷ついているだろうと想像されて、心労ばかりまさるため、恋のやりとりを楽しいと思っている人間の気が知れないと嫌気がさしかけている」なんて回りくどい表現が多い。

  やがて父の居る一条の宮と母の住む三条邸に別れる段「いざ、給へかし」の解釈が5通り。@まあ、あれをご覧なさいよAそこにおりなさいよB好きになさいよCこちらへおいでなさいよD私にお渡しなさいな。正解はC。岩波日本古典文学大系でも「さあ、来給へよ」の意の慣用語とある。「姫君をお返し下さい」ではなく「同じところにてだに、見たてまつらん」(せめて同じ邸にてお世話申し上げよう)と、まるく収まったようだ。以前ずっと購読した源氏絵巻では、雲井雁の薄衣の悩ましさや垣間見の妙に打たれた。いつの世もきわどい恋の駆け引きは人を元気づけるようだ。
    (八幡平市、歌人)


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