盛岡タイムス Web News 2014年  2月  5日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉208 三浦勲夫 自分史


 自分史ブームということをしばらく前に聞いた。自分がそれを書こうとは多分思わないだろう。書く気はあるがそれは家族のため、子どものために書きたいのだ、という人が多いのではないか。過去のことを書けばフィクションも入るだろうともいう。なるほどと思う。自分は物を書くことは嫌いではない。だから労をいとわずに書く。それが姿を変えた自分史になるかもしれない。しかし、史実の書き方はどうなるだろうか。

  「講釈師見てきたような嘘を言い」。過去のことを書けば、ある事実に対して現在の自分の「目」が入る。「事実」の不足部分を現在の「目」で補う。それがフィクションになる。自分の過去、他人の過去、社会の過去、といろいろな過去がある。自分史にとどまらず、そこにはフィクション、あるいは価値判断が入る。「歴史」そのものがヒストリーあるいはイストワールで、「物語」でもある。事実をどう捉えるかは人により異なってくる。

  前回の文「大寒」で自分が山の小学校に入った日のことを書いた。その日の教室を覚えている。しかし何人の新入生がいたか? はっきりしないが5人から10人か。親たちもいて周りを取り巻いていた。女の先生だった。年齢は分からない。ボールを片手にかざして「これは何でしょう」と言った。しばらく誰も答えない。自分は「ボール」と思っていた。やがてある男の子が「まる」と言った。まる? 自分にはその意味が分からない。「円」のことかと思ったかもしれない。「そのほかに何というの?」と先生がまた聞く。誰も何も言わないから「ボール」と自分が答えた。「そうですね」と先生。このことだけは、なぜかはっきり覚えている。母も覚えている。その学校からはすぐに転校したが懐かしい。

  その日の入学式、校長先生、学校まで歩いたこと、などは覚えていない。例えば自分史の中であの「ボール」について書くとする。そこに想像が入る。「まる」とは「まり」のなまりだったろう。「まり」は小さいものを指し、「ボール」は小さいものも大きいものも指す。あの時、先生が持っていたのは多分大きかった。だからボールだ。これらはおそらく、あの日、自分が考えたことではない。そこがフィクションとなる。自分の「後追い記述」となる。そこに気付かずにあたかも自分がその時考えた、と信じ込んだりする。

  自分の過去についてもこの状態だから、他人や社会の過去については、もっと多くの「後追い判断」が入る。書く人によって別な判断が入る。美化する書き方、糾弾する書き方、両論併記の書き方もある。一例は中国、韓国、日本による従軍慰安婦や領土をめぐる意見の相違である。相反する対立点が提示される。当事者以外の欧米の見方もある。日本の政治のリーダーたちの言動が熱い視線を浴びている。

  政治力が解決する場合もある。根気よく史実を探る力が解決する場合もある。激さず、冷静に処すことがいずれ大事である。人間の知恵は過去からの歴史にも秘められている。日本は21世紀初頭、戦後最大の内政、外交両面の転換点に立っていることを国民は感じている。福島原発事故の傷痕を癒やし、これ以上に傷を広げず、周辺諸国に不要な緊張を与えず、尊敬を勝ち得る貢献を平和的、科学的、文化的に重ねることの必要を改めて再認識する時にあるようだ。
   (岩手大学名誉教授)
 


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