盛岡タイムス Web News 2014年  2月  5日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉370 伊藤幸子 「軍人のふみ」


 うつし絵に口づけしつつ幾たびか千代子とよびてけふも暮しつ
                                 山本五十六

 「文藝春秋」2月号に「代表的日本人の新選・百人一首」が載っている。これは昨年の文藝春秋九十周年記念「近現代短歌ベスト100」の続編で、専門歌人以外の古今各界著名人の作品収載となっている。

  永久保存版として私は常に座右に置くが、昨年版巻頭には百人一首天智天皇に倣ったように、明治天皇の「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」が置かれる。2冊とも読み始めたらやめられず、伊藤左千夫は牛飼の歌を、斎藤茂吉は「ゆふされば大根の葉にふる時雨いたくさびしく降りにけるかも」を、牧水は「酒はしづかに飲むべかりけれ」、啄木は「やはらかに柳あをめる」の歌。

  さて、専門歌人以外の今年の百人一首は「ふたつなき道にこの身を捨て小舟波立たばとて風吹けばとて」西郷隆盛を巻頭に据える。そして山本五十六の掲出歌。誌上、岡井隆、馬場あき子、永田和宏、穂村弘の4氏が選出評言をしておられるが、皆さんこの歌には「度肝をぬかれた」「びっくりした」といわれる。「正直な人だ。人間的でいい歌だ」とは岡井氏。

  さらにこの女性は、河合千代子という銀座の置屋の女将(おかみ)で、五十六の愛人とのこと。これは千代子に送った手紙に書かれてある歌で、昭和17年5月、五十六は連合艦隊司令長官として呉軍港にいたという。五十六58歳、千代子38歳の由。翌年、五十六戦死、千代子は手紙60通余を没収されるが、隠し持っていた中にこの歌があったという事実のすごさ。

  一方、同誌去年の記念号の「激動の90年歴史を動かした90人」にも、軍人山本五十六の2ページにわたる記事がある。こちらは新橋の花柳界の女将との交流記。五十六が懇意にしていた新橋の料亭「和光」の丹羽ミチさんの娘丹羽政子さん(88)が語る五十六像。「母は芸者時代からのお付き合いですが二人は全く色恋抜きの関係でした」とある。「海軍の米内光政さん、井上成美さんがご一緒でした。米内さんはお酒がお好きでお強かった」と語られる場面には、ご近所の親しい旦那さん方のような、えもいわれぬ遠潮騒の趣が感じとれる。

  代表的日本人百人の百通りの時間が過ぎていった。戦後70年、こうした直筆の手紙公開には、千代子さん側も丹羽さん方も大いなる逡巡(しゅんじゅん)をされたという。昭和17年元旦の五十六の手紙には「飛行機があれば大丈夫」と書く。東京の空は晴れていたとある。
(八幡平市、歌人)



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