盛岡タイムス Web News 2014年  2月  6日 (木)

       

■  〈岩手からのカナダ移住物語〉91 菊池孝育 BCSC報告書の内容17


 総括(CONCLUSION)

  本委員会の任務である強制移動の局面は、1942年10月31日までに完了した。この2万1千人もの日系人の大移住は、わが国(カナダ)の年代記にとっても特異な事業であったが、大きな災禍にも遭わず無事実行されたのである。しかも諸々の状況を考慮しても極めて迅速に運ばれたと言える。

  前にも述べてきたように、国防上の切迫した状況から、本委員会には迅速な対応が求められたこと、そして本委員会の存在理由である「日系人の強制移動」を遅滞なく進めること、つまり沿岸防衛地域内の日系人大集団を圏外に移住させる事業を、難民はもちろん、浮浪者や不法者の流出を見ることなくやり遂げたのであった。

  日系人のさまざまな要求に配慮しながら、規律を重んじながら、終始、洗練された人道主義に従い、綿密な注意を怠らず、実行したのであった。

  日系人に配慮すればするほど、本委員会は、カナダ国民の根強い抵抗と対峙(たいじ)しなければならなかった。

  またカナダ生まれの日系人(二世)の心理的反抗傾向をも、克服する必要があった。二世の非協力的態度は、主に家族が別れ別れにされたことと、他の敵性人種の取り扱いと比べ、日系人種は不当に差別されたこと、以上の二点に由来したものであった。

  このことについては、本委員会が一貫して政府に政策変更を迫ってきた通り、最終的に従来の政府政策は廃棄され、本委員会の主張は達成されたのである。

  内陸部収容地について、本報告書では簡潔に記述しているが、同諸収容地は日系人の再定住センターと考えられており、もともと2万3千人のうちの1万5千人以上が収容されていたのである。そしてまた、諸収容地を効率的に運営するために、大変な努力と配慮が必要であったのである。

  本委員会の意図は、法統治の下でこれらの収容地は、平穏にしかも経済的に運営され続けることであった。加えて、民主主義の普遍的原理と結びつく人道主義と正義に配慮することは当然である。

  カナダにおける日系人の現在の立場を要約すると、疑いなく困難な立場にあると言わざるを得ない。

  彼らは集団で定住することを望んでいる。従ってこんな収容生活では進んで同化しようとはしない。彼らは勤勉で順応性に富んだ労働者である。けれどもカナダの戦争努力の利益にはなり得ない。というのは地域の偏見によって、彼らの雇用が妨げられているからだ。

  現在、最大の生産力を維持することは必要不可欠である。それは、可能なあらゆる労働力を完全に活用することによってのみ達成される。だからこそ、日系人に対する非建設的な差別を全面的に排除することが、公共の利益にかなうことである。

  カナダの一般国民は、あらゆる男女の労働力を活用するよう、大所高所から絶えず警告を受けていたにもかかわらず、大量の日本人種の男女労働者を雇用することは、経済的愚行の極みと思っていたようだ。だから、カナダ生まれの二世および帰化した一世の多くも、比較的無為に過ごすか、あるいは本委員会の努力によって獲得された取るに足りない仕事に就いて自活の努力をしているだけである。

 日系人の処遇について、BCSCと連邦政府、そして一般庶民の間には大きな意識の格差があったことが読み取れる。



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