盛岡タイムス Web News 2014年  2月  10日 (月)

       

■  〈幸遊記〉361 照井顕 清川花朴の歌方音楽


 ロイヤルとは“老いてますます盛ん”という老やるということらしい。発表会に向けて時折、昔のお嬢さまたちが開運橋のジョニーに参集しては、仙台在住・遠山邦夫さんのピアノをバックに歌のリハーサル。バラのタンゴ、セシボン、アマポーラ、黒いオルフェなどなど、ポピュラーな歌の数々。僕は最初、その彼女たちの歌に取り組む真剣な姿勢に感心していたが、知らぬ間に、歌にも感動している自分がいた。

  指導しているのは清川花朴さん(本名・厚子・77才)。NHK文化センターやイオンカルチャーの講師であり、他にも雫石、花巻、自宅などにて、子どもから大人まで歌とエレクトーンとピアノを教えている方で、日本オペレッタ協会に所属する声楽家。

  「やろうと思えば思いはかなう。吸収しようとすればうまくなる。だから真剣に教え、極力良いものが出せるよう根気良く努力する」と、果報は寝て待てじゃない花朴さん。1936(昭和11)年5月27日岩手県葛巻町生まれ。民謡が大好きだった父が交通事故に遭ったため、ピアノができなくなり進みたかった音楽大学をあきらめ上京。バイトしながら短大を出て銀行員と結婚。だが、音楽への思いは募るばかり。夫の理解を得て国立音楽大学声楽家に入学。自らも働きながら、声楽とピアノを必死になって勉強。

  シャンソン、カンツォーネ、フォルクローレ、タンゴ、フォークなど、歌のデパートとの異名を持ち、かつてフランス、イタリア、ドイツ、オーストリアなどでも公演し成功を収めた。40代から、これらポピュラー音楽への転向は3人の子どもを育てながらという、自分への再挑戦でもあった訳だから、とりわけ1968年の「ミュージカル芸術祭賞」の受賞は最高にうれしかったに違いない。

  「百合の花ほどの気高さはないが、いつも上に向って、真っ白に咲いている朴(ほお)の花、そういう印象だから」と大学時代の仲間の詩人が名付けてくれたのが「清川花朴」という芸名だった。人生の半分を東京で暮らし、白百合学園高校時代に住んだ盛岡に戻って来たのは10年前。ピアノを習う子にさえ、音符をうたいながら弾くことを教えると、教えられる方も楽しくなるのだと言う。確かにジャズピアニストたちもすごい人ほど、音をうたいながらのアドリブ演奏である。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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