盛岡タイムス Web News 2014年  2月  13日 (木)

       

■  〈風の筆〉37 沢村澄子 「ニャゴ太の手術」


 野良猫のニャゴ太がうちにすみついたのは昨年の8月の長雨の頃だった。向かいの用水路もあふれかけた大雨に、行くところがないのだというふうにおびえて、納屋の前で立ちすくんでいた。

  大きなけがをしていて、お尻の辺り、わたしの手のひらほどの面積の肉がむき出しになっている。うみや血を流し、ひょこひょこと、その脚を引きずりながら歩いた。

  それでも性格はいたって陽気で、人懐っこかった。ブラシを掛けてやると気持ちよさそうに目を細めて離れず、食欲も旺盛で、すぐにころころと愛らしく太った。

  そのニャゴ太の様子が急変したのは今年の1月に入ってからだ。急に餌を食べなくなり、目やにで右目がふさがれた。甘えてすり寄ってくるしぐさは消え、ほとんど一日中、段ボール箱の中でじっとしている。

  日に日に痩せて、普段には提供できない高級缶詰めを出しても、ワカサギを焼いてやっても口にしなくなり、ある時、わたしの中で、漠然とした決断が下りた。

  このままにしておけば、もう先がない。しかし、自然淘汰(とうた)。それでいいのではないか。そう迷うわたしをその行動に走らせたものは一体何だったのか、突然ミカンの段ボール箱にセーターを敷いてニャゴ太を放り込むと、近所の動物病院まで、その箱を抱えて歩いた。

  途中、ニャゴ太が随分暴れた。いつもは鈴が鳴るような声で「ミャー」「ミャー」とおとなしく鳴くのだが、この時は箱の中でギャーギャー叫び続け、段ボール箱の穴に入れていた指をがぶりとかまれた。箱の6面全てに体当たりしながら、ニャゴ太は全身全霊で「イヤだ!」を主張していた。

  病院に着くまでの15分の間に、自分の行動が間違っているのではないか、と自問する瞬間が2度あった。引き返そうかと思った瞬間が1度あった。

  ニャゴ太はすぐに手術を受けることになって、そこまで想像していなかったわたしはいささか狼狽(ろうばい)し、ケージの用意を人に頼む電話をしながら、久々に強烈なストレスと不安を感じた。

  「衰弱しているので、麻酔も危険なんですが…」と言われ覚悟もしたが、手術は成功。ニャゴ太は目を開けた。半身、シッポまで毛をそられてしまって、「く」の字型に20aほど縫ってある。その夜は一晩中、鳴き続け、水も餌も口にせず、翌日のきょうは、病院でもきのうのようには暴れず帰宅。さっきからわたしの膝でおとなしく寝ている。まだ、何も食べない。

  そしてわたしは、今も自分のとった行動がよかったのかどうか分からないのだ。ただ、夕べの不眠でうつらうつら。ニャゴ太の頭をなでながら、ニャゴ太が笑いながら走り回っている、そんなおめでたい夢をみている。
(盛岡市、書家)


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