盛岡タイムス Web News 2014年  2月  17日 (月)

       

■  〈新・三陸物語〉51 金野静一 気仙・三陸21


     
   
     

 スネカ登場 小正月、旧暦1月15日、満月の夜だ。

  山を下りて里へ来たスネカが、ゴォゴォと鼻を鳴らし、ガリガリと貝殻で戸をかき立てる。音がはげしく鳴って、ガラリと戸が開き、腰をかがめたスネカが勢いよく飛び込んでくる。
―吉浜のスネカは古い歴史を持つ。そのやり方も、昔からの方法で行い、極めて組織的で一定の決められた規律のもとに実施される。

  子どもたちへの呼び掛けなど、その間答もよく整い、秩序正しく行われる。

  飛び込んだスネカは、木尻の所にしゃがみ込み、髪を振り乱し、鬼の面を冠り、カマスを背負い、片手を木尻につき、
「怠け者、いねぁが?」
と鼻声をあげ、短刀を振り回して、すねの皮を?ぎ取ろうとする。
「俺っ家に、そんな者いねぁから…」
と、老婆たちから声が掛かり、
「スネカドン、スネカドン、ドコカラ来ましたれ?」
と、声を掛けると、
「天狗(てんぐ)岩から来た。言うこと聞かねぁ、わらし(童)ぁ、いねぁか」

  スネカは、ゴオッゴオッと、鼻を鳴らしながら、あたりを見回しつつ威嚇する。先ほど立って見ていたおばあさんが、お母さんに、
「ソレ、くれてやんなれ!」
と言うと、お母さんは、
「俺ぁ家に、怠け者ぁいねぁ、言うごと聞かねぁ者もいねぁがら、ソラ、餅あげっから帰ってけらっせん」
と言って、短冊型の切り餅二つを叺(かます)に入れようとすると、急に驚かされて、退いてしまう。
―スネカは本来、後ろ姿を見せないものだ。後ずさりをしながら、餅を手にし、戸口に来ると、急に飛び出し、姿をかくした。戸は開いたままだ。

  スネカは、昔は満月の夜に多く出たというが、月の出ない夕方などに熊の皮をかぶって、人が来ると急に飛び出す者もいたという。

  ある元気なじいさんがスネカに会うと、道端にゴロリと横になり、両すねを出して、
「それ、たぐらば(・・・・)たぐれ…」
と催促するとスネカは、本気になって刃物を使ってペロリと皮を?がしたという。「スネカたくり」の実演である。

  昔のスネカは一人で秘密裏に仕度をし、「どこから来ましたれ?」と聞かれても、鼻声で答え、誰にも分からないようにする。

  スネカは本来一人で来て、マサカリや刀などを持たず、銀紙を張った木で作った短刀を持つのが本来の形。戦中、戦後にわたって同村の柏崎栄先生が学校の生徒や青年らに指導、せりふのやり取りも昔ながらに、しっかりと教えたという。

  昭和20年、NHK東京本社から取材班が訪れ、研究者の森口多里先生は、これを機に何度も訪れた。これにより「吉浜のスネカ」は全国に放送され、衰えかけたスネカが、その後、大きく復活するようになったという。


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