盛岡タイムス Web News 2014年  2月  26日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉211 三浦勲夫 高齢者運転免許

 

  最悪の場合も起きうると思っていた。それがまずは起きずに済み、心からほっとした。高齢者運転免許証更新のことである。不安は運転免許証更新期間の5カ月ほど前に始まった。県警から「更新期間中に70歳を超えるので期間前に高齢者運転講習会を自動車教習所で受けること」という通知がきたときである。

  運動能力、知覚能力など高齢者は鈍る。自発的に運転免許を返上する人たちも増える。いよいよ自分も、か? 近くの自動車学校に年末の予約を入れた。そこで視力測定、シミュレーション運転、DVD学習、コースの実地運転を受けた。1月早々にはかかりつけの眼科医院に行き、視力を測ってもらった。眼鏡の度は大丈夫だった。しかし、その後も視力が心配だった。早めに免許証を更新しようと、先週、盛岡駅西口のアイーナの運転免許センターに行った。車ではなく歩いて40分。「最悪」(運転免許失効)の事態は期間中の早いうちだから起きないだろうが、歩いたほうが気は楽だった。午後1時からの受け付けをベンチに掛けて待った。「やるだけのことはやった」と気を落ち着けて駅構内の列車の動きを見ていた。結局、視力検査をパスした時は解放感に浸った。驚いたのは前回の免許証には「眼鏡使用」の条件がなかったことだ。それさえ忘れていた。

  新免許の有効期間は3年後の誕生日1カ月後までとなる。これが取れなかった場合のことを心配したのだった。運転免許がなければ仕事には歩こう、別の仕事にはバスで行くか、やめよう、タクシーで行くこともある、などと考えていた。

  自分が18歳のころ、マイカーは遠い夢だった。1950年代半ばから電化製品「3種の神器」がいわれだした。時代によって変わるが、最初は電気釜、洗濯機、白黒テレビだった。それまでは七輪、木炭、たらい、洗濯板、ラジオの生活で漫画「サザエさん」の風俗にもある。60年代に炊飯器に代わって冷蔵庫が入り、60年代後半の「3C」はクーラー、カラーテレビ、自動車となる。それまでは扇風機、白黒テレビ、自転車、公共交通機関の時代だった。高級製品が宣伝されても普及はまだ夢で、自分は運転免許を取ろうとは思わなかった。免許を取った同年代の人たちのうわさを聞くと「信じられない」、「うーん、働く大人の仲間入りか」と驚いた。

  70年代半ばに運転免許を取ったが、そのころには自動車も普及していた。それでも、免許を持たない同年代者がまだ多かった。その人たちはおそらく一生免許を持たないだろう。早期取得者も免許を返上し、あるいはペーパードライバーとなる。そういえば、サザエさん一家には運転の話題がなかったなあと思う。サザエさんも、マスオさんも運転しない。

  生活風俗が変わり、ユーモアの質も変わった。環境汚染反対の意志から運転免許を取らず、公共交通機関や自転車あるいは徒歩を愛好する人たちもいる。

  自動車事故は実に多い。高齢者はますます要注意である。夜間の視力が落ちる。反応や決断が遅い、かっとすれば血圧に悪い。自分はこれまで車体をこすったり、こすられたりしたことはあるが、一応無事故無違反ではある。しかし今後のことは分からない。状況によっては免許返上または身分証明書代わりとなる。
   (岩手大学名誉教授)


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