盛岡タイムス Web News 2014年  2月  27日 (木)

       

■  〈風の筆〉39 沢村澄子 「さよなら、ニャゴ太」@

 

     
  生前のニャゴ太  
 
生前のニャゴ太
 


  ニャゴ太が逝った。

  外傷の手術はうまく行き、その夜こそ一晩中鳴いたが、翌日からは元気になって食べに食べて一時回復。ところがまた熱を出し、再び食べなくなり、検査をすると白血病だという。もともとブルーだったはずの瞳(ひとみ)は、黄疸(おうだん)で黄色くなっていた。

  よくない、ということだったが、点滴に通うことに。

  1日目。薬が入らず、2時間の予定の点滴が5時間かかった。すぐにニャゴ太の息が上がってしまうので、わずかに落としている滴も途中で止められたり、また再開されたりし、うつろな目のニャゴ太は、肩で大きく息をしていた。

  2日目、少し楽になったようだった。先生が、栄養価の高いとされる缶詰を開け、スプーンでニャゴ太の口にその中身を放り込んでくださった。

  3日目も4時間を超える点滴だったが、その間ニャゴ太はずっと気持ちよさそうに寝ていた。1日目の様子に比べると、随分と回復したかに見えた。

  しかし、その会計を済ませた時、もう処置がないので、あと2、3日の余命は自宅で、と言われたのだ。

  「わかってました」と、わたしは答えた。それはニャゴ太を病院に担ぎ込むと決めた時に既に出ていたはずの答えだ。わかっているのに、ぐったりと玄関脇にたたずんだニャゴ太を見つけた時、どうしてもそのまま一人(匹)で逝かせることができなかった。

  3日で15時間近い点滴の間、所在なくニャゴ太を見つめながら、わたしは自分のエゴと向き合った。

  彼に生きていてほしい、だめでもせめて、みとってやりたい。でも、それもこれも単なるわたしのエゴに過ぎず、点滴も薬も注射も、何一つニャゴ太に頼まれたことではない。ただ自分がそうしたかっただけで、決してニャゴ太が望んだことではなかった。

  缶詰を開けながら「何もしないよりはね」と、先生が言ってくださった時、「たとえ明日世界が終わりになろうとも、私はきょうリンゴの木を植える」というルターの言葉を思い出して、一瞬救われるような気がしたけれど、同時に、希望というものの正体もまたエゴではないのか、という疑念をも覚えたのである。

  その夜、奇妙なことが起こった。何かの気配に目を覚ますと、枕元にニャゴ太が立っている。驚いたわたしは布団を跳ね除けるようにして飛び上がったが、電気をつけている間に、ニャゴ太はもう、わたしが寝ていた布団で丸くなっていた。

  夢ではない。ケージの鍵を閉め忘れたのだろうが、それでも、もうほとんど動けない身体で、ニャゴ太はそこから出、30aの段差を降り、数メートルであれ、自力で歩いてきたのだ。

  水を飲ませて、ニャゴ太をケージに戻した。

  余命2、3日と言われたニャゴ太は、それから5日間生きた。

(盛岡市、書家)




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