盛岡タイムス Web News 2014年  3月  2日 (日)

       

■ 〈体感思観〉 雫石の実力派アイドル 編集局 菊地由加奈

 起きぬけの、つくしやばっけに寒さが緩んだ2011年5月2日。雫石町の雫石プリンスホテルには、沿岸で被災した方々が身を寄せていた。不慣れな土地での避難生活を少しでも励まそうと、眺めのいい一室でささやかな演芸会が開かれた。

  熊本県の大学生は、よさこいやタヒチアンダンス、地元雫石高校の郷土芸能委員会は「上駒木野参差踊」や「雫石よしゃれ」を踊り、宮沢賢治作詞の「雨ニモマケズ」を歌った。

  桃色の、着物を着ていたからかもしれない。気付けば指先が火照っていた。雫石高校郷土芸能委員会の存在を知ったのは、この日が初めてだった。

  着の身着のまま、山田町から避難してきた女性はこう言った。「若い人の勇壮な踊りを見て涙が出た。津波の惨状を見た時、途方に暮れて涙も出なかった。相手が津波ではなくって、感情がある皆さんだから涙が出たんだと思う」

  当時の委員長、新田さんは「少しでも元気になってほしいと思い、笑顔で踊った」と頬を染めて語ってくれた。純度は100%。心からの踊りが何よりの励みになった。

  それから2年半、担当替えで再び演舞を見るチャンスを得た。昨年11月の第56回雫石町無形文化財芸能祭のフィナーレ。舞台上では、あの時と変わらない桃色の笑顔があった。たとえ、片足の草履が脱げたとしても。

  年が明けて2月、県の観光PR団の一員として3年生が台湾に渡るというニュースが舞い込んだ。事前取材では、ガラス越しの冷気を巻き込み、汗だくになって全演目を踊ってくれた。

  帰国後の感想を聞こうと、指定された場所は町の中央公民館。今度は、第22回雫石町ふるさと民謡舞踊まつりの稽古という。枠は特別出演。雫石の実力派アイドルは忙しい。休憩中も、ロビーで映像を確認する姿があった。

  そしてきょうが、その本番。きのう卒業式だった3年生は、ほんとうの引退。あの日は蜂蜜が溶け出すように、スカスカした穴を覆ってくれた。桃色に黄色。彼らだから醸し出せる、気持ちが伝わる踊り(唄も三味線も見事!)。集大成の舞台は、数時間後。 


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