盛岡タイムス Web News 2014年  3月  6日 (木)

       

■  〈風の筆〉40 沢村澄子 「さよなら、ニャゴ太」2



     
   最期はしあわせそうなおじさん≠フ顔をしてみせた  
   最期はしあわせそうなおじさん≠フ顔をしてみせた
 

 余命2、3日と言われて後、ニャゴ太は食べ物を口にしなかった。病院で教えられた流動食をスプーンで口に入れてやっても、しばらくすると吐いてしまう。

  水だけは自分で飲み、トイレも自力で行った。そのあと臭いのが嫌らしく、クゥン、クゥンと子犬みたいな声で呼んで「片付けてくれ」と私に頼む。

  外傷手術のために半身の毛がそられていたので、ニャゴ太が骨と皮だけになっていくのがよく分かった。痩せこけて骨が出っ張ってくるさまは、どこか修行僧のように見え、体内の不純物を全て出し切ってから行くのだ、というような、強い意志のようにも感じられた。

  ほとんどの時間をおとなしく眠っていた。それで、肩で息して点滴に通った頃より外見ははるかに穏やかに見えるのだったが、やはり、とにかく痩せてゆく。

  水をごくごくと飲んでいたのでスープを用意し、スポイドで牙の横から流し込んだ。するとその瞬間、ニャゴ太の目の端が光った。「うまい」という顔。おまけに翌朝には少し体力を回復したようで、前日まで、もう四肢が利かず雑巾のように床に伏していたのが、その朝は、彼ら特有の「猫座り」に居住まいを正していた。顔もしゃんとした。

  私はまた希望を持ってしまった。少しずつ市販のスープを飲ませた翌日、今度は魚を買い、ニャゴ太を置いて久々の外出。

  アサリやタラといった魚介類のスープを作ってやると、匂いに反応したニャゴ太が突然立ち上がった。自分から猛烈な勢いでスープ皿に突っ込んで行く。ところが、2、3歩歩いてやっぱり転び、結局はわたしに抱きかかえられてスポイトで飲むことに。

  かなり気に入ったらしくお代わりを要求。チュパチュパ、音を立てて飲んだ。

  その時のニャゴ太の顔が忘れられないのである。ホステスさんのいるバーに行ったら、飛び切り若い女の子が横に座ってくれた。うれしいけど露骨にそんな顔もできないしナァ…といったおじさんのような顔。そんな色気が残ってるのなら、そう慌てて向こうへ行く必要もないよと、私はニャゴ太に話し掛けた。

  2、3日なんてうそだろう。ただの標準値だ。ニャゴ太はまだまだ大丈夫だと私は思った。それで、久しぶりに自分の仕事に戻り、小1時間ほどしてのぞくと、ニャゴ太が砂場に横たわっていたのだ。「しまった!」と口に出しながら慌てて抱き上げたが、もう息はしていないようだった。

  しかし、それでも名を呼びながらニャゴ太をさすっていると、点滴用の管が巻かれたままの手が動いたような。続けてまたさすってやると、ピクリ、ピクリ、と今度はさらにはっきりと、その右腕を動かした。
    (盛岡市、書家)


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