盛岡タイムス Web News 2014年  3月  12日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉213 三浦勲夫 誕生日


 国公立大学の入試発表風景や県立・公立高校の入試風景が報道された。新聞のチラシに家具の宣伝が目立つ。悲喜こもごもの3月である。この月は終了、卒業、翌月は進級、入学という節目である。その節目の月に自分は生まれた。誕生日はいつも慌ただしく過ぎ、新年度を待った。そのような誕生日だが愛着はある。

  何年も生きてくると自分と一緒の年代に生まれた人たちにも愛着を覚える。いつも同じくらいの年で、同じ時代や出来事を人生の曲がり角として経験してきた。生きてくる途中で亡くなった人たちも多い。戦争、空襲、栄養不良、戦後復興、台風、地震、東京五輪、バブル、デフレ、東日本大震災津波、原発事故。特に3年前の未曾有の津波被害は3月を痛ましい鎮魂の月にした。老若を問わず多くの犠牲者が出た。こもごもの思いを織り成して、被災地の人も日本も、ここから前に進んでいかなければならない。

  戦後69年、日本は復興を遂げ、経済成長を遂げ、保健的にも世界の長寿国のトップレベルにいる。戦後すぐの童謡では「今年60のおじいさん」が元気に村の渡し船をこいでいた。今なら還暦60歳はイメージ的にもっと若い。平均寿命が女性86歳、男性79歳となった。遺伝子のせいもあろう。世界遺産となった和食のせいもあろう。医療、福祉制度の向上、経済力、仲間同士の健康活動もあろう。長い寿命に国民の総合的文化力を感じる。

  誕生日は1年に1回巡ってくる。この周期の中で乳幼児の成長は大人をぐんとしのぐ。1年たてば大人は老けるが、乳幼児は大きな成長を遂げる。半年たてば身体も知能も目を見張るほど発達する。半年ごとの成長を祝ってもいいくらいだ。「ミニ誕生日」「半才誕生日」である。こうして人は20歳から25歳くらいまで成長を続ける。その後は身体的には次第に衰える。身体が衰える半面、精神的にはさらに充実が可能である。

  生まれてすぐに歩き出す動物は人間以上に成長が早い。一例は犬である。平均寿命は15歳だろうか。人間の一生分を約15年間で生きる。わが家の犬は10歳までは順調だった。その後、腹水と胸水がたまり始めた。約10日ごとに、どちらかの水を抜いてもらった。そのようにして1年間を経て、昨年10月に11歳を迎えることができた。うれしいことにその後、水はたまらず、薬だけで回復に向かっている。獣医さんのおかげ、家族の介護の成果、本人(?)の体力のおかげだ。心臓も丈夫である。

  犬を連れて毎朝30分余り夫婦で散歩する。朝食後には自分が掃除を引き受ける。この二つの活動が自分の一日の始まりとなる。3月は自然界にも春が胎動し、雪は解け、空気にも木の芽の匂いさえする。これまでに何度も経てきた新生と誕生の月だ。年相応に広い世界も少しは体験できた。「春三月」とは北半球の温帯での話で、南半球の温帯では「秋三月」である。同じ3月でも季節は半年違う。オーストラリアの大学では新学期となる。ニュージーランドの大学では2月が新学期である。日本とオーストラリアの間を3月に何度か往復した。同じ地球上でも、シーソーのように北半球と南半球では見る太陽の角度が違う。南半球ではこの月は晩夏から初秋であり、やがて実りの季節を迎える。そのようなことを思いながら、今年も誕生日を迎える。
(岩手大学名誉教授)
  


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