盛岡タイムス Web News 2014年  3月  17日 (月)

       

■  〈幸遊記〉166 照井顕 菅原敬三のカフェ&バル・ルポゼ


 大船渡市立根町岩脇のカジュアルショップ「アメリカヤ」が、震災後に店名を「LOVOA」(愛とオアシス)に変えた。人が身に着ける全ての物からセレクトしたショップへ、より広がりのある品ぞろえで、理想ともいえる女性7男性3のバランスになったと店主の菅原実(まこと・60)典子(よりこ・59)夫妻。かつてのアメリカヤは、実さんの父・富也さん(故人)が東京台東区坂本で始めた、衣類や皮革、ゴム製品、ミシンなどの古物商が前身。

  大船渡は昭和32(1957)年にアメリカ軍の払い下げ品を日本人サイズに加工し直して売るアメリカヤとして富也さんが始めた店だった。実さんの代になって、現在地にオープンしたのは1995年の秋。その頃、実さんの長男は5歳の幼稚園児。彼が小学1年の時、僕に見せてくれたお習字の素晴らしさは、いまだに忘れることができないくらい、伸び伸びとした、とても気持のいい字だった。その中の1枚「“ひげ”は、ひげのおじちゃんにあげます!」と言うので、もらってきた。その作品を額に入れ大切にしてきた僕。

  さて、その敬三君は小学時代に劇団四季に憧れ、ついには昭和音大ミュージカル科に入学したのだったが、2年の時、思うことがあって中退し、東京のセレクトショップに就職。そして今年1月、家に戻った。震災後、被災した喫茶店に店の一角を無償で貸していたが、新築して出て行ったので、そこを敬三君が使って「カフェ&バルREPOSER」(くつろぎ)という店をやることになった。開店は4月14日午前11時。僕はそのルポゼで使用する「オーディオ」の相談を受け、以前「開運橋のジョニー」で使用していたスピーカーなどを中心にメンテナンスしてコーディネイト。それがまた、くつろげる音で鳴ってくれたので、ホッと一息。

  「音大に行きたかった。丸の内でOLをしたかった。(娘・英恵は今、丸の内OL)40年前、学生アルバイトに行った店が南青山のパイ菓子店・ルポゼだった。(今も都立大前にある!)自分たちの店も35年かかって理想に近づいた。夢はいつか現実になる。それに向っていれば応援する人が現れる。だから、あと10年の間に敬三も地元に愛されるようになってほしい!」と「ローバの休日」を夢見る彼の母・典子さん。「ガンバレ・敬三!」これは“ひげ”のおじいさんからのエールです!
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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