盛岡タイムス Web News 2014年  3月  20日 (木)

       

■  〈風の筆〉42 沢村澄子 「ユリの花」


 雪が解けると、庭が丸裸になって、何となく切ない。木々の枝は雪の重みでそれぞれにうなだれているし、去年の枯れ草もそのままべっとり地面に伏している。腐葉土になればいいと思って置いておいたくせに、何となく片付けたくなったり、その自分を押しとどめたり。いずれ、新しい芽が吹き出すまでのいっとき、庭は寂しい。

  それで、気を紛らわせるべく、少し早いかとも思いながら、球根を買いに出掛けた。今年は何を新しく植えよう。去年はダリアで失敗した。30aくらいの背丈で咲くものと勝手に決め込んでいたら、わたしの身長を超えて、わさわさと茂った。ダリアが7本、長雨で倒れると辺りは、うっそうとした森のようになり、家の裏手へガスボンベを運ぶお兄さんの行く手を、力強く阻んだのだ。

  ユリにしてみようか。そう思って、今年は説明書をよく読むことに。せいぜい50aまでで咲いてくれるものをと探すうちに「命の次に花が大事」と言っていた人を思い出した。百合子さんといった。

  お花が好きで、三度のご飯よりお花が好きで、確かに百合子さんの近くにはいつも、何かしらの花が生けられていたように思い出す。

  わたしが知り合った頃には、もういいお歳になっておられたせいか、すべてに鷹揚(おうよう)で包容力があった。話がとにかく面白く、粋な百合子さん。若い頃にはご主人と2人して社交ダンスの花形だったのだそうで、街一番のカップルだったと、商店街の人たちがうわさしていた。

  そのご主人がまたハンサムで着こなしもダンディー。ある時、ばったり出くわしたわたしが「ワッ。また、きょうもステキなネクタイですね!」と口にしたら、「他にほめるところはないか?」と笑顔で一蹴された。

  ご主人が亡くなってから、もう何年もたつ。以前は、百合子さんの、俗気も欲気もない、カラ〜ンカラ〜ンと乾いた音が鳴るような小気味いい話を聞きたくて、よくお茶を頂きに伺っていたのだが、ご主人を亡くされてから、あまり人前に出なくなられたような。

  久しぶりに百合子さんを訪ねてみたくなった。お土産は、水仙がいいか、菜の花にしようか、それともやっぱり、ユリの花かな…。

  何年も百合子さんと話をしていない。時が流れ、毎日いろんなことがあって、あんな震災も起こり、その時は百合子さん、どうしてらしたんだろう。今、どうしているんだろう。

  「命の次に花が大事」今度もそう言ってくれるだろうか。
   (盛岡市、書家)


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