盛岡タイムス Web News 2014年  3月  23日 (日)

       

■  「人がいれば、まちは消えぬ」 どうでしょう名物D2人 震災復興前後の三陸を語る盛岡市で復興推進フォーラム


     
  嬉野さん、藤村さん(写真左から)を招いて開かれたフォーラム  
  嬉野さん、藤村さん(写真左から)を招いて開かれたフォーラム
 

 もりおか復興推進市民フォーラム(SAVE IWATE主催)は22日、盛岡市松尾町の盛岡劇場で開かれた。北海道放送制作の全国的な人気番組「水曜どうでしょう」の名物ディレクター二人が「盛岡で岩手のこれからを話そう」と題してトークショーを展開。東日本大震災津波前年に三陸をめぐり、今年1月に約4年ぶりに再訪、再会した沿岸の人との交流を通じて「人間がいれば、そのまちは消えない」と、復興の原動力は人だと強調した。

  フォーラムは復興に向けて県都盛岡として何をするべきか、日本として何をするべきかを参加者と一緒に考えていくのが狙い。出演は「藤やん」こと藤村忠寿さん、「うれしー」こと嬉野雅道さん。番組のファンである若者らを中心に市民ら約140人が耳を傾けた。

  二人は番組の関係で本県を訪れており、盛岡市内の名所や名産にも詳しかった。1月には鉈屋町かいわいの盛岡町家に宿泊し、神子田朝市でラーメンを食べた経験も披露。

  藤村さんは「朝市は寒いのにブースやしきりを設けず、オープンにしている。一体感があり、みんなストーブに集まってくる。それが活気があるように見える」、嬉野さんは「合理性と全くかいりしている。それが文化になっている」と魅力を語った。

  二人は震災前の2010年に陸前高田市の八木澤醤油店の河野和義会長、大船渡市のイタリア料理店「ポルコロッソ」オーナーシェフの山崎純さんと交流。今年1月、震災後に再会し、各地の復興の取り組みを見た。

  陸前高田市では「未来商店街」の仕掛け人・橋詰真司さんについて紹介。発災後間もなく生鮮品を販売し、仮設庁舎の市職員向けに弁当を作るなど復興へ先頭を走っている。

  嬉野さんは「とても控えめな方で目標は、生きることだと言われた。歴史的に考えても、そこに住む理由がないとまちはできない。あまりに広大な被害で、元に戻そうにも何をしていいか分からないのが一番つらい。そんな中で自分が生きることとは他人を生かせばいい、全体を見ずに自分の生活圏に絞った。その繰り返ししかないと思いついたところに共感した」と語った。

  藤村さんは「橋詰さんから、今後のことは分からないと言われて、逆になんとかなりそうな気持ちになった。橋詰さんのような人がいる限りまちは失われない。被害が大きくてもぼう然とする必要はなく、勇気づけられた」という。

  復興の先頭を走る人に共通していたのは「被災地という感じがしない」こと。

  藤村さんは「人間がいればまちは消えない。行きたい理由ができた時、応援ではなく飲みに行きたくなる。先頭を走る人たちに形を作ってもらわないといけない」と強調。魅力のある人や活気のある地域を「応援したくなる」と説明。嬉野さんも「何をどうしてほしいか。外からの人間が一番求めているのは、そこ」と述べた。

  SAVE IWATEは震災3周年追悼企画として23日から28日まで県公会堂で写真展も開催する。


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