盛岡タイムス Web News 2014年  3月  23日 (日)

       

■  〈芋の子の家〉5 その夜の食事 志賀かう子


     
  イラスト 南幅央子  
 
イラスト 南幅央子
 

 その夜は、つしだハウスの母体、いきいき牧場の了解を得て、日頃の予算を超える夕食を楽しんだ。

  1年足らずながらメンバーさんたちの信頼と人気を集めた若い世話人さんが、老齢の両親介護のためにこの職場を去ることになった食事会である。

  私たちのこのホームには6人のメンバーさんに対して2人の世話人がいる。第一に、重要な投薬を手ぬかりなく1日3〜4回行うこと、朝夕の食事のこと、デイケアに通うメンバーさんへの配慮、指導、「きょうはパジャマ洗濯しましょうよ」などと、細やかな気配り目配り、「ちゃんとお布団を掛けて寝るのですよ」などなどと、正直、気の休まる暇もない。その上、1日の終わりには日誌をつけ、食材の買い出しや本部への報告連絡やと、矢継ぎ早に必要事項や突発事象が追い掛けてくる。思えば、ご苦労な仕事だなぁと頭が下がる。館長の役割を負う私もまた、メンバーさんと共に世話人さん心づくしの食事を朝夕、いただくのである。世話人多忙の時に役立ちたい思いはやまやまなのだが、定期的検便を受けていない私は不適合、したがって食客の域を出ないのだ。

  その夜は、皆で食べてみたいと願っていたそば老舗・東家のカツ重が食卓に並んだ。そばの小わんにガラス鉢てんこ盛りのサラダにアイスクリームも添えられる。

  大方の人は黙々と箸を運ぶ。一番元気な大将格のTさんが「軟らかい! うまい!」と口火を切る。主賓の去りゆくKさんも楽しげに、小鳥の囀(さえず)りのようにしゃべる。それだけで食卓は華やぐ。あとの人は依然もくもくと食べる。満足そうにである。とてもくつろいだ空気が流れていた。

  それに気を許した私は、日頃残念に思っている事柄をしゃべった。自然に口を突いて出た、という感じであった。

  「皆さん、食事のあとさき、いただきます、ごちそうさん、おいしかったよ、ってはっきり言いましょうね」

  「皆さんが出掛ける時帰った時、私たちは大きな声で行ってらっしゃい! お帰りなさい! って声を掛けるでしょう? なのに私たちがただいまーって声を掛けても上目遣いにこちらをチラッと見るだけ。とってもさみしいのよ。家族は明るく声を掛け合いましょうね」

  無反応の中、やはり大将のTさんが穏やかに答えた。

  「それは無理なんだ。相手を自分と同じだと考えるのは間違いなんだ」

  ああ、そうなのか、と一応は私も納得した。だがそうだろうか、と私の中の反対意見は消えていかない。

  ひとは、よし知能に遅れがあろうが不幸な障害を抱えようが、周囲がサポートすることで、本人の中に眠る能力や健康な心に小さな火をともすことは可能ではないのか、努力を促すことをしてよいのではないか、との考えは消えていかない。

  健康に恵まれた者あり、不幸にも心や体に傷を負う者あり、だが目標地点に少しでも近づくことをもって、いのちを終えたいではないか、とその思いは消えていかない。

  少しずつ、焦らずに共に上に向かって歩く道を探し、うれしい思いの光明を仰ぎたいではないか。そう静かにおもう、よき食卓となった。


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