盛岡タイムス Web News 2014年  3月  24日 (月)

       

■  浅岸小閉校式 みんなでありがとう 127年の歴史に幕 卒業生や地域住民が別れ


     
  閉校式で学校生活を振り返り、浅岸小への別れの言葉を述べる在校生と卒業生  
  閉校式で学校生活を振り返り、浅岸小への別れの言葉を述べる在校生と卒業生
 

 1887年に浅岸尋常小学校として開校以来、地域の文化やスポーツの中心的な役割を担ってきた盛岡市立浅岸小学校(佐々木則子校長)が23日、127年の歴史に幕を閉じた。同市浅岸の同校体育館で行われた閉校式には、在校生のほか、学舎を巣立った卒業生、学校を支えてきた地域住民、学校関係者ら約200人が出席。卒業生約1150人を送り出してきた同校の歴史を振り返るとともに、お世話になった学校に別れを告げた。同校は4月から山岸小に統合となる。

  式では、先日卒業した佐々木瑠奈さん、佐々木拓夢君、最後の在校生となる5年生の佐々木理那さん、佐々木澄珠さん、4年生の佐々木奈波さんが、別れの言葉を述べた。同地域は地域全体で学校を支える機運が強く、運動会や収穫祭、銭掛剣舞など、さまざまな行事や伝統芸能を学校と地域が一緒に実施してきた。

  5人は「学校の子は地域の子としてとても大切にされてきた。学校を支え、地域を守り、私たちに優しく接してくれる地域の方々の姿を見て、私たちはますます浅岸を大好きになり、誇りを持つことができた」と感謝。壇上で校歌を披露した5人は、学校生活で関わった全ての人にお礼し、最後に「浅岸小学校、ありがとうございました」と、学校に別れを告げた。

  佐々木校長は「たくさんの思い出が詰まっている浅岸小。浅岸小の新たな歩みはなくなってしまうが、『共にはげみて睦(むつ)み合う楽しきつどいここにあり』という校歌の一節とともに本校の歩みは決して消えることなく語り継がれていくことと信じて止まない」とあいさつ。

  谷藤裕明市長は「閉校にあたり、惜別の念は禁じ得ないが、皆さんが種をまき、育てた本校教育とその魂を受け継いだ卒業生の活躍とともに、浅岸小の名前はいつまでも語り継がれていくと思う」と話した。

  1887年4月に同市加賀野大塚に浅岸尋常小学校として開校した同校。1947年4月に浅岸小と改称し、浅岸中学校が併置された。55年12月、同市浅岸字大葛に移転改築し、66年には現在の校舎が完成。併置された浅岸中は80年に閉校となった。

  47年卒業の泉澤せつ子さん(82)は「私が卒業をしたのは上の山のところにあった校舎で、当時は児童が50人くらいいた。閉校になると聞いたときは本当に寂しかったが、時代だから仕方がない」と母校の閉校を受け止めた。

  99年卒業の佐々木竜さん(25)は「陸上競技や水泳など、学生時代で小学校が一番おもしろかった。母校の校名がなくなるのは寂しいが、今もこの地域に住んでいるので、悲しいという気持ちは不思議となく、まだ実感が湧かない。校舎が壊されることになれば悲しいと思う」と話した。

  下小路中に進学する瑠奈さんは「お別れの言葉を言いながら、学校が終わるということをしみじみと感じた。みんなでたくさんの行事をやり遂げたことが思い出」、拓夢君は「卒業式をやったばかりだけれど、閉校式となるとやっぱり寂しい。学習発表会や収穫祭が一番の思い出」と閉校する母校での思い出を語った。

  理那さんは「閉校は寂しいし、少し悲しい。みんなで取り組んできた活動が思い出深い。山岸小は交流学習で友達もいるので、授業をするのが楽しみ」、澄珠さんは「一番の思い出は学習発表会でみんなで劇や歌を歌ったこと。ちょっと寂しい気持ちもあるけれど、山岸小に行っても友達がいっぱいつくれるし、団体行動もできるので楽しみ」、奈波さんは「127年も続いて良かったという思いと閉校して寂しい思いが両方。浅岸小は5人だったけれど、山岸小はたくさん人数がいるので、5人以上友達をつくりたい」と閉校を惜しむ一方、春からの山岸小での生活を楽しみにしていた。


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