盛岡タイムス Web News 2014年  3月  25日 (火)

       

■  青春は歳月を超えて 八幡平市 松尾地区で7月上映へ 同胞(山田洋次監督)製作40年


     
  同胞塾で当時のことを写真を見ながら話す工藤金子さん  
  同胞塾で当時のことを写真を見ながら話す工藤金子さん
 

 八幡平市松尾地区の旧松尾村の青年会が、劇団公演を成功させた実話をもとにした、山田洋次監督の「同胞(はらから)」40周年記念上映会の計画が、松尾村青年会の元メンバーを中心に実行委員会(藤田賢吉代表)を組織して進められている。製作公開した1975年を含めて40年と計算した。同胞は75年の春から半年以上にわたって撮影。山田監督、スタッフ、俳優たちとの交流も深まり、絆が生まれた。当時交流した人たちは60歳以上となったが、同胞の話をする時は20代のころの目になる。上映会は7月19、20日、松尾地区内での開催を調整中。実行委員会では40周年を、山田監督を校長とする同胞学校の同窓会の意味も込めて準備をしている。

  少子高齢化が進み、かつてのように青年会に所属する若者は非常に少なくなったが、同胞製作当時は活動が盛んだった。青年会の元メンバーで同胞塾主宰の工藤金子さん(松尾地区)は「100人以上はいたでしょう。10代から20代が中心で、今のように40歳近い人が所属することはなかった。農村演劇が盛んで、村内各地で行われていた」と振り返る。

  映画のモデルとなった劇団は統一劇場(現在は現代座、希望舞台、ふるさときゃらばんの3団体に分かれている)。実際に劇団の担当者が来て、青年会主催による劇団公演の話があった。「統一劇場は各地で同様の活動(地域主催による公演)をしていた。いくつか候補地あったが、松尾村が選ばれたのは、岩手山の風景を山田監督が気に入ったこと、宿泊施設が充実していたことだった」と、工藤さんは話す。

  俳優だけでなく、青年会からも出演し、方言指導もした。工藤さんは「松尾村だけでなく、各地での統一劇場公演のエピソードが盛り込まれている。方言指導はイントネーションについてのアドバイス。寺尾聰さんのせりふで『赤字が出たらベゴを売る』のベゴの言い方について、何回か指摘したことを覚えている」という。

  青年会のメンバーは、仕事を休まずに時間を調整して出演。公演が成功し倍賞千恵子さんを見送りする場面で、当時、農協職員だった工藤さんは漬物の講習会を抜け出しての出演だったという。

  同胞をきっかけとして、山田監督、俳優たちと長年交流を続けてきた工藤さんは、11年前に自宅をリフォーム。2階に17畳の展示スペースを設け、同胞の写真や台本、山田監督や倍賞さんからの手紙などを展示公開している。同胞塾の名前は山田監督が命名した。


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