盛岡タイムス Web News 2014年  3月  26日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉215 三浦勲夫 一年一会


 「一期一会」とは茶会の言葉から発しているが、転じて、何を行うにも生涯一度の機会と心得て慎重に行え、ということになっている。若かったころから聞き慣れた言葉だが、年を取ってから、その意味をさらに深く感じるようになった。きょう一日、そしてできれば今年一年も無事にしっかりと送りたい。送れますようにと思う。

  元の職場の英語教師の集まりがあったのは2月中旬だった。一人が今年度で講師を辞める、その感謝の会に参加した。定年退職をした人たちも何人かいて、話は「持病」の話となった。現役の人たちにも持病を抱えている人がいる。皆が真剣な面持ちで話を聞いた。無病息災、一病息災、いやそれ以上でも、なんとかできるのは常備薬のおかげだ。

  自分も高齢者運転免許更新をなんとかクリアした直後だったが、次の機会はどうなるものかと思っている。昨年は鼻の手術を受けた。周囲に高齢者のさまざまな障害の話を聞くと、自然にこれからの人生、これからの日々に謙虚な姿勢を取らざるを得ない。ここまではまず歩んできたが、これからが問題だ。さしあたり今年一年を「一年一会」と心得て暮らさなければならない。

  3月の後半になって、これから花巻と紫波まで毎月1回ずつ英語学習会に行く。冬は休んだが運転に注意しなければならない。無理はせず、無理と思ったら辞めさせていただくことになる。近場ならやれるだろう。昨日は早速、国道4号を、花巻まで往復した。行きは雨が降っていた。帰りは雨は上がっていたが、うっすらと霧がかかった。途中、紫波町を通過しながら「来週はここに来るのか」と、心でつぶやいた。「運転は左レーンで慎重に」ともつぶやいた。

  生涯学習会に来る人は「学習が好き」でやって来る。たとえ過去に英語が嫌いだったり、不得意だったりしてもやって来る。なぜか? 根本的に何かを学習する、あるいは、し直すことが好きなのだ。たまたまそれが英語なのである。学校時代は何かが原因で「食わず嫌い」に陥った人もいる。でも今、やり直して、考え方、感じ方が変わるのである。

  学習会は各地にある。そこに人は集まり、生きがいを見いだしている。自分は教える立場にいるが、最近、教える際に前よりも注意を多く払う。単語、つづりなどである。英語でも日本語でも、どっちが正しいか不明だったり、思い出せなかったりする。そういうときは無理をせずに、その場で調べるか、人に聞くのがいい。例え1個ぐらい聞いても、それは大海の1滴だ、くらいに思いなして、事に当たる。

  英語ネーティブの人でも年を取れば英単語が出にくくなる。ましてやこちらは日本人である。間違いやすい、不明な単語やつづりは決まっている。こういう時、集団の場で調べたり、聞きただしたりすれば以後のためにいい。正しい形を強く印象づけられる。こんな風にして、老いてからも人生を歩む。無病息災、一病でも息災、記憶力減退でも息災。学習を進めているうちに記憶力も減退傾向に歯止めがかかるだろう。一年、もう一年とやってきたが、また新たな年度となる。「一年一会」の覚悟で始めることになる。気を引き締めていかなければならない。
(岩手大学名誉教授)


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