盛岡タイムス Web News 2014年  5月  1日 (木)

       

■  〈風の筆〉48 沢村澄子 「新宿の朝」


 時々使う夜行バス。お金や時間の節約には都合がよいのだが、体力が要る。

  先日東京から乗った便は何が原因だったのか、あまりにも揺れて眠れず、頭上の荷物もぽんぽん落ちてきて拾うのに忙しく、それなのに若い女の子たちはすやすやと寝息を立てていた。

  この時ばかりは、このように眠ることのできる体力がなくなったなら、もう乗るべきものではないのかもしれない、と思ったのだ。

  昨年は、名古屋から東京という便に乗った。新宿着が朝の4時で、9時の約束にはまだ時間があった。お風呂に入りたくてネットで探すと、女性専用のスパが見つかり、入浴と数時間の仮眠で1600円。

  新宿駅から地図を片手にその店を探していたら、ちょうど始発を待って帰ろうとしている若者たちにたくさんすれ違う。

  カップルもあれば数人のグループもあった。みな、おおよそ酔っていて、どこに向かうつもりなのか、そのまま職場に直行できるような風袋(ふうたい)ではなかった。

  ロッカーの鍵をもらって、大浴場の湯につかった。若い旅行客の他には、飲み屋のお姉さんらしき人たちが、仕事を終えて一風呂浴びて帰ろうか、といった風情でつかっている。洗い場は清潔で湯もきれいだ。

  上がって案内された仮眠室に驚いた。床面積ふすま1枚分くらいのスペースが、高さ30aほどの板で仕切られ、延々と並ぶ。その部屋だけでも70人分くらいはあった。

  そして、そんな部屋がいくつかあるにもかかわらず、順番待ちが必要なくらい、混んでいるのだ。

  ようやくできた空きの、その小さなスペースに身を収めると、すぐ右や左から寝息が。かわいいいびきも聞こえてきた。

  ごろん、ごろんと、若い女の子たちが何十人も、ちょっとした寝巻きのような布を1枚まとっただけで転がっている。その寝姿のアッパレと言えば、太ももも二の腕も丸出しで転げているのだが、若さの成せるわざなのであろうか、不潔な感じが微塵(みじん)もしない。

  面白いなぁ、と思った。どこにこんな景色があろう。知る人ぞ知る、まず、ほとんどの人が見ることのない、美しい絵だ。

  1時間ほど眠って外にでた。今度はコーヒーが飲みたかった。既に明るくなっていたが、まだ7時すぎで、背広姿の通勤サラリーマンに会うことはできない。

  向こうからキレイなお姉さん2人が歩いてきたと思えば、すれ違いざまにおじさんを怒鳴った声が、男。「オッサン!どこ見てんだよ!アタイのオッパイ、タダ見するんじゃないよ!」ニューハーフと呼ばれるお姉さまたちらしかった。

  この時、自分の知る世界の微塵というものを、つくづく感じたのである。この世では、表で裏であらゆることが起こっているのに、わたしは何も知らないまま、知らないことさえ知らない高慢、に守られ、日々、安閑と生きているのだと。
     (盛岡市、書家)
 


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