盛岡タイムス Web News 2014年  5月  8日 (木)

       

■  〈風の筆〉49 沢村澄子 「旅の空」


     
  「安藤郁子 沢村澄子展」 第二会場・にむらや寺尾店(主催・ギャラリーろば屋)  
  「安藤郁子 沢村澄子展」 第二会場・にむらや寺尾店(主催・ギャラリーろば屋)
 

 新潟で2人展が、東京で個展があり、2週間ほど盛岡を留守にした。ゆうべ帰り、けさ散歩に出ると、かろうじてこちらの桜も残っていたが、今年は旅の先々で、開く桜、散る桜、を次から次へと眺め歩いたのだ。

  新潟では「ギャラリーろば屋」と「にむらや」の2会場で、彫刻家の安藤郁子さんとの2人展だった。

  東京は銀座・奥野ビルの「サロン・ドゥ・ラー」でちょっと変わった個展。わたしが書いた「いろは歌」をまず、わたしが適当・無意味に切り、断片にしてオーナーに渡し、その吉本満貴子さんがさらにその断片を好きにトリミングして、お茶道具のあれこれに貼り付け、しつらえた、という趣向。

  つまり、両方ともわたし単独の展示ではなく、新潟も東京もコラボレーションだったということである。

  人と付き合うのが苦手な自分には、どうなることやら、と不安ばかりが先行したが、安藤さんにしろ、吉本さんにしろ、そんなわたしの特性をフォローして、かつ余力ありの大人物で、おかげさまで何とかやれた…と、荷を解きながら安堵(あんど)のため息。さすがに2週間分の洗濯は一度では干し切れない。

  人と付き合うとはどういうことか、をずっと考えていた。それは日頃、筆で字を書きながら、1字1字の点画をどう関係させているか、に似ている。似ているというより、そのものズバリなのであって、自分がどう他者と関係するかの結果は、わたしが日々書いている文字造形に全く等しい。それで、今さらあれこれ調整してやりくりしてもしょうがないと思われ、自分は何もせずに放ったらかしにいていたら、水が高いところから低いところへと流れるように、物事万事、できる人の手によって、やはり何とかなるものなのだ。

  お二人ばかりではない。今回の展覧会も、多くの方々に支えられての出来事である。「にむらや」主人の二村圭子さんは遠く盛岡から新幹線を乗り継いで新潟までやって来てくださるお客さまに驚きながら、来る人来る人に、丹念にお茶やお菓子を振る舞ってくださった。彼女の持つ無償感のようなものに、習ったこともない「茶の精神」とはこういうことかと、勝手に合点。

  他にもありがたいことは山とあり、すぐに飛び去ってしまう景色をもうちょっと丁寧に書き留めたいと思うのだが、さすがに疲れていて頭もキーボードを打つ指も動かない。荒っぽい感謝くらいしか書けないのが、もったいなく申し訳なく。

  それにしても、たくさんの人に会った。30年ぶりの人もあれば初めての人にも。

  この「風の筆」の連載もおよそ1年になり、第1回の原稿を読み直してみると、去年の4月25日に自分が広島にいたことが記録されている。いつの間にか旅から旅へジプシーのような暮らしになっては、昨今はよく芭蕉の句を思い出すのだ。

   おもしろや今年の春も旅の空

  生きることはまさに旅。
     (盛岡市、書家)


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