盛岡タイムス Web News 2014年  5月  10日 (土)

       

■ 〈おらがまちかど〉13 菊地由加奈 雫石町 七ツ森地区 雫石の山のシンボル生森 奥田民生さんのジャケットに


     
   奥田民生さんのジャケット写真になった生森山。小原さんの左手にはそのLP盤、右手は昭和30年代前半の生森山の写真  
   奥田民生さんのジャケット写真になった生森山。小原さんの左手にはそのLP盤、右手は昭和30年代前半の生森山の写真
 

 ミュージシャン、奥田民生さんのアルバム「股旅」(1998年発売)のジャケット写真のモデルが雫石町七ツ森地内に存在する。生森(大森、おおもり)、石倉森、鉢森、稗糠森、勘十郎森、見立森(みてのもり)、三角森(みかどもり)の総称「七ツ森」の中で、最も大きな山「生森山」だ。

  西から望む生森山には、頂上へと続く送電線と砂利道の影響で十字が刻まれている。その形が奥田さんの「OT」マークに似ているため、ジャケット写真に採用されたようだ。

  七ツ森の中の団地に住む小原千里さん(61)はアルバム発売当時、町商工観光課の観光係長。部下がアルバムを発見し、「いつ撮ったんだ」と話題になったという。「課で使えるか分からないが」と部下が撮影場所を探し当てた。「結局、似せて撮った写真は使わなかったが、当時の観光課では盛り上がった」と振り返る。

  モデルとなった生森山は標高348bの町有林。七ツ森一体は、旧雫石村の先人が困難を乗り越え、1909(明治42)年に国有林から払い下げられた歴史がある。

  およそ40年にわたる山内立ち入り禁止が解かれ、立ち木は用水堰の新設や雫石大火の被災者の援助などで雫石を救ってきた。小原さんの亡き父、昇三さんが昭和30年代前半に撮影した写真には、経済林として活躍する生森山の姿がある。

  今はアカマツやカラマツを中心に桜も点在し、チョウが飛び交う豊かな森となった。宮沢賢治作品の舞台としても知られ、大男「八郎太郎」の伝説が残る。頂上には子安地蔵尊が祭られていたとも伝えられる。

  小原さんは「生森は昭然たる雫石の山で、シンボル的存在。この山を見ると、どこかほっとする。何も言わないけれど、そばにいてくれているようだ」と話す。
   (菊地由加奈) 


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