盛岡タイムス Web News 2014年  5月  14日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉383 伊藤幸子 「愛ふたたび」


 音たかく夜空に花火うち開きわれは隈(くま)なく奪はれてゐる
                                中城ふみ子

 黄金週間も後半の5月5日、夜のニュースで渡辺淳一さんの訃を知った。「4月30日午後11時42分、前立腺がんのため、東京都内の自宅で死去、80歳」とのこと。「お医者さんでもがんになるんだ」との思いが押し寄せ、あんなに愛に満ちた本を次々と出版、映画化もされゴルフも旅もグルメも余裕の日々と想像していたのだが、限りある寿命に粛然とした。

  氏の著書はたいてい手元にあるが、翌日書店で新刊「愛ふたたび」を買い、黒いカバーを付けてもらった。速水御舟の「炎舞」の表紙、燃え上がる炎に群れて飛び入る蝶(ちょう)の羽が美しい。銀色のオビには著者直筆の一文が添えられ、「歳を重ねた男には、一度は越えねばならない肉体的な峠がある。それをどうのり越えるか。それにぶつかっている男に、女性はどう接すべきかをこの小説で伝えたかった」とある。

  主人公国分隆一郎は73歳、整形外科医で、65歳のとき医院「気楽堂」を開業。ところが長年連れ添った妻ががんで死亡。国分は自身の肉体年齢も考え合わせて、同年代の男性たちの抱える悩みに踏み込む。診療科目に「回春科」を加えたら続々患者が来るようになった。

  女性の更年期は堂々と治療に行くのに、男性にだってその類はあると、元医師渡辺先生の見解は具体的で説得力に富む。後期高齢の域に入り、この辺りの、男性の下降線を究明してみたいと思われたのかもしれない。愛は衰えることはないのだけれど、身体機能とのバランスがうまくいかないというもどかしさを広く「人間愛」ととらえる見方に、今までの華麗な渡辺文学と少し違うような感じをもった。

  今から4年前に刊行の「孤舟」も老境の男性をテーマにされている。大手広告会社を定年になった大谷威一郎の、妻との日常を描いたもので、実によく見える家庭の話がおもしろくてアッという間に読み終えた。夫婦ともに相手がいることへのストレスで心身不調に陥っていくのだが、まだ笑いも回復もあった。

  長い作家生活、ふと初期の作品「冬の花火」を読みたくなった。昭和29年「短歌研究」4月号「乳房喪失」にて歌壇デビューの中城ふみ子の32年の生涯を書いたもの。札幌医大で乳がん手術のあと亡くなったときに、渡辺先生はその医学部の一年生であったという。その放射線科の病棟は歩いても、ふみ子との接点はなかった。ふみ子の恋と文学と生命力を書き上げた若き文学者の筆力に、半世紀前の感動を新たにした。
    (八幡平市、歌人)



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