盛岡タイムス Web News 2014年  5月  21日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉222 三浦勲夫 戦国時代


 戦国時代の齋藤道三、織田信長、明智光秀を中心とする歴史小説が「国盗り物語」(司馬遼太郎著、新潮社)である。貴族や武家の出でなくとも一国一城の主になった時代でもある。齋藤道三、加藤清正、福島正則、豊臣秀吉などがその例である。下剋上(げこくじょう)、政略結婚、正室、側室、人質、策謀、遠交近攻、裏切り。そして人心掌握、実力、行動力。

  英国の社会は上位1%の富める者の富が、下位55%の国民の富の合計に匹敵するという。上流階級と中、下層階級の階級差は歴然、確固として、微動だにしない構造のようだ。日本の戦国時代のような激動、流動の相はなく、1066年にフランスから攻め込んだノルマン貴族が英国のゲルマン、ケルト民族を支配して以来の状態がほぼ続いているという。小説家トマス・ハーディの「ダーバビル家のテス」(1891年)にはノルマン貴族の家名をかたる成金が登場する。統計は未確認だが、昔から身分制度は固い。

  比べて日本は古来、身分間の乗り入れが比較的緩い。緩いながらも社会・経済環境の変転は大きい。ざっと追うと、戦国時代の身分的流動。江戸時代の士農工商身分の区別や封建的倫理道徳の確立。幕末期の下級武士の倒幕活動。脱亜入欧。軍国主義。大正デモクラシー。戦後民主主義。終身雇用制と家族的会社経営。高度経済成長。バブル経済とその崩壊。デフレ。雇用環境の変質。正規・非正規雇用。年齢別人口構成の逆ピラミッド。年金支給の繰り下げ。外国人労働者の流入。資本の海外移転。

  時代には常に競争と言う「戦国時代」が「平和時代」と絡み合っている。平和に見えても、過酷な競争がある。いつも「住みにくい世」が存在し続け、苦しむ人間たちを作り出してきた。現在は若者が減り、老人が増え、田舎が消え、都会が肥大し、金に絡み、あるいは精神的ストレスに絡んで、残虐で衝動的な犯罪が頻発する。便利と富との対局の社会部分が影をひき続ける。

  戦国時代には英雄が輩出した。下からも、上からも、中からも。懸命に争った。気力と知力と体力がぶつかった。支配者同士、食うか食われるかの争い。領地の民衆も生き延びるため、知力、体力、気力を振り絞った。それに加えて、忍耐、粘り、根性、夢、希望、楽観。諦めも楽観の一種だった。そこから出口が、運が良ければ見つかった。

  政治にも次第に民衆パワーが反映され始める。選挙、憲法、法律、議会、立法、行政、司法。政治や制度は変転する現実社会の後を追い、不足や不満にできるだけ対応する。そうしなければリーダーは権力の座からふるい落とされる。これが民主主義だろう。現実社会はまことに変転極まりない。予測困難な変転が続く。国内政治も、国際政治も、紛争の後を追って解決の努力を行う。

  行っても次から次へと紛争や不正は新たに起こる。「戦国時代」は常に人間社会を取り巻き、脅かす。それに抗して生きるためには昔からのように、気力、知力、体力が必要。教育現場では知育、徳育、体育が必要。家庭では家族愛、社会では同胞愛、世界ではコミュニケーションと人類愛が必要。したり顔ではないが、暴力や不正から弱い人間を守るにはそれが基本だ。「国盗り物語」を読み、そう思った。
 


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