盛岡タイムス Web News 2014年  5月  22日 (木)

       

■  〈風の筆〉51 沢村澄子 「足りないもの」


 3月、知人を介して、「被災地を視察したい」という申し出を受けた。南の方の大学の先生からである。

  そのメールが来てから実施日まで2日しかなく、その間に段取りを整えるというのは至難の業と思われたが、あちこちの伝手(つて)を頼りに、3年たった海辺の状況を調べ、何とか準備をし、同行した。

  その、盛岡を出発したばかりの車の中で「今、足りないものは何ですか」と聞かれたのだ。屈託のない物言いに、一瞬わたしは言葉を失い「いや、家がない人には家でしょうし、仕事がない人には仕事でしょうが…」と、かろうじて答えながら、その後が続かなかった。

  最初に訪ねた病院で、院長先生にまず一喝される。

  「支援したいというなら、今すぐ大学辞めてここに勤めろ」。それから「気まぐれで支援なんて言われたって迷惑だ」と。これまでにも多くの人が、気まぐれのつもりではなかったにせよ、事実被災地を大いに振り回してきたのだ。何が必要かって「配慮だろう」と院長先生はおっしゃった。「何が必要ですかって聞かれるだけでこっちはストレスなんだよ」。3年間の苦しみや悲劇やそこから生まれた覚悟のようなもののエキスを語っておられるようだった。

  それから海辺を走って、知り合いのお菓子屋さんを訪ね、流された店のことや続けている店のことや、近くに大型店ができるんだという話や、昔ジャズをやってたんだ、などという話など聴いた後、仮説店舗のような店でラーメンを食べ、浄土ケ浜のカモメや観光客が戻ってきていることを確認し、日が暮れる頃、あるおすし屋さんを訪ねた。そこも開店を間近に控え準備をしていたその店を流され、しかし諦めず、場所を新たに店を出し頑張っている。頑張っている、としか言いようのない若夫婦なのだが、それにしても、浜の人はよくしゃべる。大阪人のわたしにして、盛岡の寡黙さに慣れていると、同県岩手の沿岸の人々のしゃべりの洪水に随分と驚くことに。

  しかし、耳を慎重にすれば、その明るく大量に話す人々の、その言葉を吐き出すエネルギーの源のことが気に掛かった。もちろん、よくしゃべるのはそこの人々元来の気質によるところ大なのかもしれないが、実は、その気質を借りて、ぽんぽんと笑いながら苦しみを放り出しているようにも聞こえたのだ。痛みを軽減するためにしゃべっている。そんな印象も残った。

  そっとしておく配慮も必要ではある。しかし、一見面倒に思える介入、仮にこの先、被災地にとってどんな利益になるともしれないような視察だったとしても、そこを問う、訪ねる人を軽んじてはならないのだと、今回改めて思った。

  事実、海辺の人々は、来訪者に、あふれんばかりの言葉を放ったではないか。

  わたしが答えられなかった「今、足りないもの」のその一つが、見えるような気がしたのだ。
     (盛岡市、書家)


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