盛岡タイムス Web News 2014年  5月  23日 (金)

       

■  〈潮風宅配便〉200 草野悟 連載200号・大きな太陽が沈んだ日


     
   
     

 竹内重徳さん70歳。5月15日天国へと旅立ちました。岩手県副知事を務め、三陸鉄道を勝手に応援する会の最高顧問として東日本大震災後も沿岸の復興に一生懸命取り組んできました。3月30日、竹内さんから電話があり、三陸鉄道の全線再開通式典に出られなくなった、という内容です。4月5日から検査入院するためとの理由でした。「たぶん1週間ほどの検査になると思うけど、大事な式典なのに申し訳ないね」と丁重なおわびでした。

  どんなに忙しくても約束を必ず守る人でした。昨年10月ごろからめっきりと痩せてきて、周囲の友人たちも心配していました。2月14日の「瑞宝中綬章」のお祝い会には400人もの大勢の人たちが駆け付け、竹内人気を示してくれました。おざなりの式典ではなく、ご来賓の方々のスピーチも軽妙で、竹内さんのお人柄を示すエピソードの数々に会場は笑いに包まれました。主役の竹内さん、菅原文太似のヘアースタイルとおちゃめな笑顔、軽妙なごあいさつに誰もが安堵(あんど)していました。

  誰からも愛された太陽のような人でした。三陸鉄道を勝手に応援する会では、会員が仕事を退任したときに「お騒式」と称してお祝い会をします。竹内さんは、副知事退任、岩手銀行退任の2回も「お騒式」を行いました。仲間が集まり、お経をあげて本当のお葬式のようにジョークで遊ぶお祝い会です。そのつど「俺はまだ死んでいないけど、生前はお世話になりました」とごあいさつ。いつも笑いの渦の中心にいました。

  土木畑が本職でしたが、あらゆる情勢に精通し、冷静な分析能力は、ずば抜けて高く、多くの人たちがその助言で救われてきたと思います。高い地位に就いてきた方ですが、決して威張らず、同じ目線でお付き合いをしてくれた方でした。約1カ月の入院。あっという間に颯爽(さっそう)とこの世を去りました。

  大きな太陽は沈みましたが、いつまでも多くの人たちの胸の中にともり続けていくことでしょう。お世話になりました。
(岩手県中核観光コーディネーター)


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