盛岡タイムス Web News 2014年  6月  4日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉386 伊藤幸子 「上州の風」


 くさむらに忘れられたる鎌(かま)ありてその刃は土の色に近づく
                                   古屋祥子

 ほぼ7、8年おきに歌集を出しておられる古屋祥子さんの第四歌集「花信風」が5月20日に出版された。昭和5年生まれ、第三歌集「軽舟」までは「群馬県勢多郡富士見村原之郷」という地名、現在は合併で「前橋市富士見町」と改められた。赤城山を遠景に、ゆったりとした流れの利根川の写真が掲げられ、生地を離れることなく80余年の生と風土を丁寧に詠まれた一巻である。

  巻頭に置かれた鎌の歌。続いて「寂びるとは錆びるに等し 人間が空気と同化してゆく過程」また第一歌集には「選びたる業にあらねど歳古りて手に馴染み来つ鎌と浅鍬(くわ)」もあった。「姓、住所変はることなく世事疎く過ぎたり 別の生なかりしか」との述懐は折にふれ誰しも「別の生き方」を考えたりもすることだけれど、作者の手になじんできた鎌、鍬は決して錆びることなくその用途に輝く。

  「信風(しんぷう)と呼びて親しきカラッカゼ上州人の気質に通ふ」「赤城おろし榛名颪(はるなおろし)と呼ばはれて信風は哮(たけ)る上州の野に」等、どの歌集にも多い風の歌。第一集では「生れぐに上つ毛のくに風のくに風と暮らして風を手懐づく」とも詠まれ、音符をつけて歌ってみたいような世界。

  集名の「花信風」は「二十四番花信風の略で、小寒から穀雨に至る八節気の各候に咲く花を知らせる風」との意味合いからつけられたと、あとがきにある。「上州の激しい季節風を日常とし、また移ろう季節や花々に心を寄せる日々に、花信風という語を知り、うれしく思い、題名とした」とも記される。

  「日に一度乗りてやらねば淋しがるバイク撫(な)でをり雨止まない日」「坂道も風も怯(ひる)まずよく駆けて無事故、無違反五十年間」「旧式は速度が出ないことがいい ゆとり心に夕日がまぶしい」赤いミニバイクでさっそうと!無事故無違反で50年とは立派です。私は免許証ではマルだけどバイクは一度も乗ったことなし。

  「老境といふは何時から  生まれ処にこころ幼きままに存(なが)らふ」「子もわれも母校同じき小学校   鼓笛吹奏の校歌聴き入る」長い歳月、血脈の系譜、老境なんていっていられない。「鍛へるにあらず現状維持のためマッサージ、体操、足踏みその他」で昭和ひとけたとは見えない心身の若さを保たれる。それは「年甲斐も無しと思へどなほ残るがむしやらに走り出したい心」が核となっているように思われる。上州よりの「花信風」にがむしゃら心を見習いたい。
     (八幡平市、歌人)



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