盛岡タイムス Web News 2014年  6月  8日 (日)

       

■  〈新・三陸物語〉67 金野静一 釜石近郷 15


     
   
     

 琢治は、大声で命令するように号令をかけた。

「今、われわれは負傷者、患者八十余名、それに生き残ったわれわれを含めて、とにかく生きて行かねばならん…」

  家の中の者、近所の者、他の集落からこの医院をあてに集まった者たちは、もののけ(・・・・)につかれたように琢治の声を聞き、耳を傾ける…。

  琢治の家には妻かつ子をはじめ、全部で八人だ。この家の中に実に八十余人もの患者、負傷者を収容したのだ。文字通り足の踏み場≠烽ネい。

  この患者たちに食事を与え、傷を治しつつ、これから何日かかるのか。全く予想もつかないありさまだ。そのうえ、罹(り)災した者たち、津波での生き残り≠フ人々の面倒も見なければならない。

  一晩中、琢治は考えた。元気な老人たちにも相談はした。その結果、この医院を中心とした避難者の集まりの人たちのために、一時の決め合わせ、申し合わせ、を作成したのだ。これが、後々に著名になった「救難憲法(・・・・)」だ。

  臨時の救難をくぐり抜けるために、数条の規定を設け、これに従わざるものは、われの命を賭(と)して、是(これ)を決行せしめんと「憲法七カ条」を作成した。

  しかもこれに違反する者は銃殺≠キべしと決意したという。津波後の破壊し尽くされた集落を建て直すことは大変なことだ。どこからも救いの手はこない。復興は自力でやるしかない。

  その憲法なるものは、次の七項から成っていた。

  一つ 総(す)べて男子は、各家に幾人あるを問わず、悉(ことごと)く人夫に出ずべき事。
  一つ 順番に依り婦人五人ずつ負傷の看護に従事すべき事。
  一つ 人夫の内より五人を撰(選)び宿直せしめ非常に備うる事。
  一つ 順番に毎日豆腐三十個を製し、負傷者に供すべき事。但(ただ)し大豆不足ならば種子用大豆を用いる事。
  一つ 各戸より蒲団(ふとん)一枚ずつ出し負傷者に給する事。
  一つ 畳も前項に同じ。
  一つ 人夫総数を左に、

      内十二人は負傷病者の運搬に従事すべき事。

      内五人は炊事その他雑役に従事すべき事。

     その他は悉(ことごと)く屍(死)体捜索及びその処置を為す事。

  右この命に違反する者は、直ちに銃殺(・・)すべき事。

  かくして弾丸をこめた銃を床の間に飾り、生存の村人を呼び集めて、いちいち以上の事を説き、それぞれを厳命したのである。

  名望あり、数代も続いている医師でもあるので、この命に背く人はなく、皆、琢治の義侠心を見倣(習)いて、快く、負傷者等の看護などに尽力したのであった…。


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