盛岡タイムス Web News 2014年  6月  10日 (月)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉202 及川彩子 プラート・ディラバーレ


     
   
     

 夏は、イタリア人にとって、バカンスのシーズン、同時に庭の手入れに毎日追われる時期でもあります。

  イタリア庶民の別荘地として人気の、ここアジアゴでも、避暑に押し寄せる観光客歓迎の意味もあり、街の通りは花々でいっぱい。各家のベランダも、国花の真っ赤なゼラニウムで見事に飾られ、庭の芝の手入れも入念に怠りません。雨が降るたびに花に覆いを掛け、自分がめでる以上に「見せる・楽しませる」、この町の人々には脱帽です。

  そんな伝統的習慣が根付くイタリアですが、他国では見られない庭園文化の歴史があります。花々の鑑賞以前に、庭の立体感を出すため、起伏や丘、階段、彫像群、そして遊びの水を利用するといった空間の演出です。

  世界の庭園と言えば、幾何学的に刈り込んだフランス式庭園や田園風景画のようなイギリス式などが有名ですが、イタリアはそれに遊戯性を醸し出す劇場型が好まれたのです。

  古代ローマ人はすでに、自然の風景と植物を楽しむ園を営んでいたと言われ、また教会や修道院を訪れると、中庭には、必ず植物の「楽園」があり、訪問者を癒やしてくれます。

  そのような歴史的庭園は、いまだにイタリア各地に残されていますが、中でも、私のお薦めは、ここアジアゴ近郊の大学の町パドバの町はずれにある「プラート・デッラバーレ(谷間の草地)」。石畳の古い古都を抜けると、ヨーロッパ一と言われる、広大な庭園空間が開けるのです[写真]。

  一面に広がる見事な芝、その周りを、ガリレオやコペルニクスなど町にゆかりある87体もの彫像と堀が取り囲み、十字の通路を人々が行き交います。鮮やかな花々や生い茂る樹木などはありませんが、休日には、日用品や骨董(こっとう)の市が立ち、生きた自然の劇場と化します。

  すべての空間に、歴史や人の営みを組み込んでしまう、この国の懐の深さを感じる風景の一つなのです。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします