盛岡タイムス Web News 2014年  6月  12日 (木)

       

■  苦境の彦部支援の証し 三井報恩会の記念碑建立 旧村が1935年経済更生モデル指定 基礎築いた感謝と敬意 関係者招いて公民館で除幕 歴史風化させまい 


     
  彦部公民館内で除幕された記念碑(右から3人目が長澤会長、同2人目が槍田理事長)  
  彦部公民館内で除幕された記念碑(右から3人目が長澤会長、同2人目が槍田理事長)
 

 紫波町の旧彦部村で行われた三井報恩会事業をたたえる記念碑の除幕式(主催・三井報恩会事業記念碑建立委員会、阿部王洋委員長)が11日、同町大巻の彦部公民館敷地内で開かれた。彦部村は1935(昭和10)年、三井財閥が設立した社会事業財団の同会から経済更生のモデル農村に指定され、現在の地域社会の基盤となる農村振興事業が展開された。昨年、地域住民は関係者を紫波町に招待して交流を復活させ、今回の記念碑建立へと発展した。同日は達増知事、同会の槍田松瑩理事長、同会初代理事長を顕彰する米山梅吉記念館の井口賢明常務理事、地域住民ら約80人が出席し、彦部村と三井報恩会の絆を示す石碑の誕生を喜び合った。

  同公民館では2006年度に彦部の歴史を深める会を結成し、地域住民がそれぞれ、地域の歴史を研究していた。その中で偶然、同村の佐藤定八元村長宅のアルバムから、三井報恩会の農村振興事業の写真が見つかったという。同時期には県立図書館で、同会が発行した彦部村に関する本が発見され、それまで知られていなかった同会の農村振興事業の詳細が明らかになった。以降、研究が進められ、三井報恩会と特定振興村彦部村を考える会(長澤聖浩会長)による交流事業なども行われてきた。

  昭和初期、東北地方の農村は冷害や経済恐慌により苦しい時期が続いていた。同会は同村、青森県の旧平内村(現平内町)の2カ村を特定振興村に指定した。期間は1935年から40年まで。村の年間予算が2万1千円の時代で、援助資金は5カ年で3万5千円だった。乳牛や綿羊などの畜産振興、農繁期の託児所の設置などの生活改善事業を展開。地域経済の改善が進み、県の農村の模範となった。

  三井報恩会創立80周年となる今年、地域住民の間では、現在の彦部地域の基礎を築いた同事業に対する感謝と敬意の形として、記念碑の機運が高まり、記念碑建立委員会を設置。多くの地域住民の熱意が、槍田理事長らを招いての盛大な除幕式へとつながった。

  長澤会長は「今まとめなければ風化してしまう。そういう思いで活動を続けてきたが、今振り返ると歴史の不思議さを感じる。彦部の歴史を深める会の中で、関係する写真が見つからなければ、ここまでのものにはなっていない。当時の方々の導きがあったようにも感じる。80年前、特定振興村の指定があったときも、きょうのような熱気に満ちていたのだと思う」と8年間の活動を振り返る。

  槍田理事長は「報恩会の活動がしっかりと受け継がれ、評価していただけることは大変ありがたく、われわれとしても感激している。これを契機として、この地域との関係を強化していければと思っている」と話した。


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